日本国憲法の性善説と現実世界との乖離

物心ついてから約50年間、ずっと左寄りだった私は
実は日本国憲法をちゃんと読んだことがなかった。
読まずに、世界中から絶賛されている平和憲法、と信じ込んでいた。

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目覚めてからよく読んでみると、
世界中のすべての国が「善人の国」であるとの前提に立っていることが分かった。

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日本国憲法  前文
(昭和二十一年十一月三日憲法)


 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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最初の赤字部分では、暗に
大東亜戦争の惨禍は政府のせいだと言っている。
多くの都市への無差別空襲、2発の原爆、ソ連によるシベリア抑留などは
全て連合国による国際法に違反した非人道的行為である。
1946年、GHQがWGIPの手始めに、憲法にこの文言を入れたんじゃないかと思ってしまう。

一番、なんじゃこりゃ? と思ったのは

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」
の部分である。

最近の領土問題を見ても分かるが、全然信頼できないでしょう?

これまで何回も書いたが、民族性の違いは本当に大きい。
どこの国も日本と同じだと思ったら、大間違いなのだ。

「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」
それじゃあ、
例えばチベット、ウイグル、内モンゴルの人々を
日本国として、憲法の精神に則ってもっと積極的に支援したらどうなの?

「政治道徳の法則は、普遍的なものであり」
別の法則に従う国々が少なくないのに、普遍的だと信じていたら
外交で負けっ放しなのは当たり前だ。


性善説で、平和な地球でいられるほど甘くないことは
現実の世界をちゃんと見つめれば、中学生にでも分かる。

66年前に夢見た理想郷は、現実にはやはり存在しないのだ。

自国の安全を自国で守れる、普通の国になる必要があると思う。