文科省の自爆テロを警戒せよ 新国立競技場計画

新国立競技場の建設に当たって、以下のようなことを考えた。

1.競技場としての機能を最優先として充実させる。
2.コンサート他の多目的利用は計画から外す。
3.屋根は観客席だけに設置し、グラウンド上は露天とする。これにより芝生の管理を容易にする。
4.陸上競技場の常設サブトラックを設置する。
5.観客席は8万人。
6.基本構造はオーソドックスでシンプルなものにして、外装や内装に和の雰囲気を多く取り入れる。

コンサート利用をいうから開閉式の屋根や芝生を養生する装置が必要になり
設計や建設の費用がかさみ工期が長くなる。
その上、芝の管理や空調などに莫大な維持費が必要になる。
あくまでも国立「競技場」であることに立ち返るのが良いと思う。

ところで、続報で大変興味深い事実が明らかになった。

安倍総理が見直しに動き始めたのが6月2日頃で、
見直しを指示された文科省はかたくなに拒否。
下村大臣を含め、てこでも動かない姿勢を崩さなかったため
とうとう安倍総理は国交省に見直し計画のスケジュール作成を指示したというのだ。

この間、文科省は7月7日には有識者会議で現行計画の了承を取り付け
大成建設との最初の契約を結んでしまった。


無能な人間ほどメンツに拘る。
現に、圧倒的な世論の反対を無視して、内閣総理大臣の指示も無視して
時間切れにより自分達の既定路線で押し切ろうとした実績は
文部科学省という組織の
国益よりも省益、自己保身最優先という
恐ろしい体質を如実に表している。

であれば、本件を今後も文科省に任せることは危険だ。
メンツを潰された恨みで、どんな自爆テロを仕掛けるか分かったものでは無い。
例えば、故意に作業を遅らせる、わざとミスをする、
ザハ氏への違約金を最大限に膨らませて国民の怒りを買うようにする、など。
ザハ氏に対しては、こちらが損害賠償を請求したいくらいだ。
下手に出ることはない。
強力な交渉人を立てて日本国の損害を最小限に抑えるようにすべきである。

有識者会議のメンバーも冷徹に見直して入れ替え
大規模建設に精通した国交省の有能な専門官をチームに加えて
間違いのない体制を組んで事に当たって欲しい。


2015.7.18 09:05 産経Web
【新国立競技場】
見直し決断の内幕(上) 森氏を説得したA4文書 首相「私は現行計画見直す」
 「2019年ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会には間に合いませんが、お許しいただきたい」
 安倍晋三首相は17日午後、首相官邸5階の執務室で、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相にこう頭を下げた。
 それでも不満そうな表情の森氏に首相が示したのが、建設計画を見直した場合の工期などを示した1枚の紙だった。
 「ギリギリ間に合うと、希望的なことを言ってできないとかえってまずいでしょう」
 森氏は、内容に確かめると小さな声で応じた。
 「それじゃ、やむをえませんね」

 首相が示したA4の文書は、国土交通省などが作成したものだった。もう一度、コンペをやり直して半年以内に設計を決定し、20年春に完成させ、五輪には間に合わせるという計画見通しが示されていた。
 首相が工期などの計画見直しを文部科学省に指示したのは6月2日頃だった。総工費や工期など現状計画の変更が可能かどうか検討するよう伝えた。
 「計画の見直しを再検討してみてほしい」
 これに対し、文科省の回答はかたくなだった
 「できません」
 文科省は、国際オリンピック委員会(IOC)での首相演説などを根拠に、建築家ザハ・ハディド氏のデザインは「国際公約」と見なしていた。下村博文文科相も公の場で「既存計画を進める以外ない」と表明していた。
 ただ、12年にデザインを国際公募した際に「1300億円程度」という条件の総工費はふくれ上がり、6月29日の文科省の正式発表では2520億円になっていた。ロンドンなどの過去の開催地に比べても高すぎるとの批判は強まった。
 政府高官は「安全保障関連法案と違い、国立競技場問題では全部のマスコミが批判的だ」と警戒。首相も周辺に「アーチが無駄遣いの象徴のようになっている。世論が持たないかもしれない」と懸念を口にするようになっていた。
 また、安保関連法案の審議を通じ、内閣支持率はじりじり下がっていた。さらに五輪にも建設が間に合わないかもしれないとの情報に、首相が下村氏を呼んでただしたが、下村氏は「努力する」と繰り返すのみ。しびれを切らした首相はついに文科省だけでなく、国交省にもこう指示した。
 「では、私は現行計画を『見直す』。それを前提に検討してほしい」

声が届いた! 新国立競技場計画は白紙に

昨日、安倍総理は新国立競技場建設計画を白紙に戻して見直すと表明した。

ああよかった!

私はこの件について7月13日(月)に、官邸に初メールを送った。
私の周りにはザハ案を良いという人は一人もいないこと、
「ウォシュレットみたい」とまで言われていること
このまま強行すれば国民の支持を失うこと
それによって「日本を取り戻す」ことができなくなったら最悪であること
見直すには安倍総理の決断以外に方法がないこと
が、その内容だった。

青山繁晴氏がかねてから
「官邸はメールを全部読んでいる」と言っていることに背中を押された。
同じようなメールがおそらく多数届いたと思う。

私を含め多くの国民の声が届いたことが、とても嬉しい。

7月17日 産経web
安倍首相、見直し表明「白紙に戻す」
安倍晋三首相は17日午後、2020年東京五輪・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場の建設計画見直しを正式に表明した。東京五輪組織委員会会長を務める森喜朗元首相と官邸で会談後、記者団に「現在の計画を白紙に戻し、ゼロベースで計画を見直す。そう決断した」と語った。首相は遠藤利明五輪相と下村博文文部科学相に新たな計画づくりに着手するよう指示した。これを受け下村氏は「コンペをやり直す。半年以内にデザインを決める」と述べた。
 新国立競技場の現行計画は「キールアーチ」と呼ばれる2本の巨大な鋼鉄製アーチが屋根を支える特殊な構造。これが総工費を押し上げ、当初計画の2倍近い2520億円に膨らんだことから、批判が強まっていた。首相は計画について「国民、アスリートから大きな批判があった。このままではみんなで祝福できる大会にすることは困難と判断した」と説明。「1カ月ほど前から見直せないか検討してきた」と述べた。
 また、首相は「東京五輪までに間違いなく完成させることができる。残念ながら19年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会には間に合わせることができない」と語った。
 森氏は首相との会談に先立ちBS朝日番組収録で巨大なアーチ構造のデザインについて「見直した方がいい。もともとあのスタイルは嫌だった」と指摘した。菅義偉官房長官も17日の記者会見で「デザインそのものが大きな工事費につながっている」と述べ、工費縮減にはデザイン変更が必要だとの認識を示していた。
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生牡蠣をドロッと(爆) 新国立競技場問題

新国立競技場問題に関して、森喜朗氏のインタビュー記事が産経新聞に掲載された。

これを読むと、ザハ案を選択したことが間違いのほぼ全てだったと思える。
「斬新」なデザインに固執して、工費も工期も膨れあがった。
森氏はザハ案に固執してはいない。むしろデザインとしては嫌っているようだ。
しかし今からデザインを見直すには時間が足りないと考えている。
ラグビーW杯に間に合わないということは、プレオリンピックにも間に合わないことになる。

一方、国内の多くの建築関係の専門家が、工期も工費も当初計画の範囲で出来る案を出している。
オールジャパンで取り組めば
総工費1300億円以下でプレオリンピックに間に合わせられると私は思う。


このインタビューでは
下村文科大臣のダメダメぶりなども語られていて、
色々と興味深い内容だ。
以下に記事を全文転載する。
長いが経緯がよく分かるし、解決方法も見えてくるのではと思う。
(赤字はブログ主による。)

なお森氏はメディアで言われるよりは、ずっとまともな政治家である。
それと国際コンペはWTO政府調達協定というものがあってやらざるを得なかったらしい。

森喜朗元首相 「新国立競技場の経緯すべて語ろう」
 先日、共同通信が新国立競技場の連載を配信したでしょ。初回の見出しが「きっかけはラグビーW杯」だ。はは~ん、ときたね。反対してる連中は、国立競技場に反対している人たちは、戦略的に僕を一番の悪者にしようとしてるわけですね。
 経緯を説明すると、ラグビーW杯が決まった時、「せっかくビッグイベントがくるんだから国立競技場の改築のいい機会だな」となった。耐震も免震もやってないし、老朽化も進んでいるけど、サッカーや早明ラグビーなどは超満員だ。時に危険で改築は10年来の課題だったんです。
 もう一つ。国立競技場はもう陸上競技の公認競技場じゃなくなった。陸連(日本陸上競技連盟)が世界大会をやりたくてもできない。つまり陸上、サッカー、ラグビーなどスポーツ界にとって新国立競技場は悲願だったわけです。
 そこにたまたまラグビーW杯が決まった。その時は民主党政権。だから西岡武夫(故人、元参院議長)さんにラグビーW杯の議連会長になってもらい改築話をスタートさせたんです。
 ラグビーW杯会場となる条件は定員6万人、それに観客席に屋根がいる。男子サッカーW杯は定員8万人以上だ。だからサッカーも招致できるように定員8万人でいこうとなった。それに陸上競技もできるようにするには可動式スタンドも必要だと。そういう話を進めているうちに東京五輪が決まったわけだ。
 じゃあ、なんで建築家のザハ・ハディド氏が出てきたかというと僕もよくわからないのだが、2016年の東京五輪招致の時、晴海を中心にした全体像を描いたのが建築家の安藤忠雄さんなんですよ。あの時は石原慎太郎(元東京都知事)さんが安藤さんと共同作業で晴海に国立競技場を移そうとしてたんだ。僕らが「霞ヶ丘はどうするんだ」と言ったら石原さんは「サッカーとラグビーだけそっちを使えばいいじゃないか」と言ってたな。
 ところが、晴海の話はIOC(国際オリンピック委員会)からノーを食らったわけですよ。風があるから公認記録に影響するってね。羽田空港の空路のせいで空撮にも支障があるらしいんだな。2020年の五輪もヨットやカヌー、トライアスロンなどの会場を他に変えたのもそういう問題があったからなんだ。
 そういうことで2016年の招致は落ちちゃったけど、2020年は幸い決まった。
 五輪招致では「立候補ファイル」というのをJOC(日本オリンピック委員会)と東京都がIOCに提出するんだけど、その中に新国立競技場の全貌が書かれていて、IOC委員の投票の決め手になっているわけです。
 2013年9月のブエノスアイレスのIOC総会で日本に投票した委員は「日本はこんなすごいものを造るのか」となった。それに安倍晋三首相は「他のどんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから確かな財源措置に至るまで、その確実な実行が確証されている」と演説して大拍手だったわけよ。
 そういうわけで五輪によって新国立競技場はあんな風に変わっちゃったんだが、共同通信の「はじめにラグビーありき」というのは実に下品な推測というか、怒りを覚えるね。
 それにもう1つ。2019年にはプレ五輪がある。五輪と同じ競技場を使うわけです。それまでに新国立競技場を完成させなければならない。
 それがなぜ「ラグビーW杯のために」となるのか。そんなこと言うならラグビーはWR(ワールドラグビー)と話をつけて日産スタジアム(横浜)に行くか、味の素スタジアム(調布)に行くかという話になる。だからラグビーありきではないということはぜひ理解してほしいんです。
 あえて言えば2016年に招致を失敗した東京都とJOCが考えた案でしょ。それだけのこと。僕は反対だったんだけど、ああいう大きな事業だとWTO(世界貿易機関)関係で国際コンペをしないわけにはいかない。そこでザハって人に頼んだというのは僕もさっぱりわからないが、2016年招致からの経緯なのかね…。
 あの有識者会議っていうのは、そんなことを決める会議ではないんですよ。投票権もないし。グラウンドの恩恵を預かる陸連とかラグビー協会とかサッカー協会とか学識経験者とかに「こう決まりました」って報告するだけ。私は当初からあんな生牡蠣をドロッと垂らしたようなデザインを見せられて「へーっ、こんなのは嫌だなあ」と思ったけどね…。   
× × ×
 そういう経緯もあるんだから東京都は逃げちゃいけない。東京都で開くんですからね。五輪をやりたいと手を挙げたのは東京都だ。その時は石原さんだった。正直言うと「知事選に出ない」と言うのを、僕が「五輪をもう一度誘致すると宣言して辞めればいいじゃないですか」と説得したから申しわけないと思ってるんだけどね。
 招致が決まった時の都知事は猪瀬直樹さんだけど誘致できたのは石原さんの存在が大きかった。だから石原さんが推薦する安藤さんの意向を文科省もJOCも拒否できなかったのかな。
 だから現都知事の舛添要一さんにも言ったけど、東京都は国がメーン会場を作ることに感謝しなきゃいけない。「迷惑だ」みたいなことを言う立場じゃないでしょ。前々からの経緯から言えば、少しでも資金援助をするのが、むしろ常識ではないかな。
 石原さんの元々の構想では、晴海の競技場は国と東京都が折半でやるって話だったと聞いたよ。1000億円くらいを見込んでたんじゃないかな。それが1300億円、1500億円と膨らんでね…。
 文科相の下村博文さんと猪瀬さんはこの問題で3~4回会ってますよ。あの2人は会う度にそれぞれが自分の手柄のようにアナウンスするからカチンとくる。その辺が国と都がギスギスした原因の一つかな。
 だけどそれはそれ。舛添さんはそういう過去の経緯を承知して五輪をやるということで都知事になった。だから自民党都連が一生懸命、推したんだ。
 まあ下村さんと色々ギスギスしてたけど遠藤利明さんが五輪相になったので、国と都の調整は遠藤さんにお願いすることになった。するとどうも下村さんは逃げよう逃げようとするんだな。五輪相がいたって所管は文科相なんだよ
 舛添さんは来年、リオデジャネイロで市長から五輪の旗をもらって「次は東京だ」とデモンストレーションするんですよ。そしてその旗を新国立競技場で振らなきゃならん。その栄誉を受けたのだから少しは協調性を持ってやってくださいと申し上げた。ものすごく頭の良い人だから記者にペチャクチャと学者みたいなことを言ってたら混乱する。
 この間、舛添さんがここに来られた時、「風邪引いてる」とおっしゃるから、それで「田舎でもらった蜂蜜があるから持って帰りなさい」と言ったら「蜂蜜で買収された」と新聞に書かれてね。ホントにこの問題を漫画チックにして、僕が都知事に「都民の金を出せ」と押さえつけてるような書き方だよ。
 僕が言いたいのは、2019年のラグビーW杯だけじゃなくてプレオリンピックに間に合わせないと世界中の笑い者になるぞ、ってことなんです。
 それに7月末にクアラルンプールでIOC総会がある。ここでまだ決まってなかった自転車競技の会場と、メーン会場がすべてセットされましたという報告を私がしなきゃいけない。
 IOCのトーマス・バッハ会長はなかなか腹のある人で、6月のローザンヌでの理事会では「メーン会場の話はしないで結構です。私は日本の仲間を信じている」と武士の情けをかけてくれた。理事たちも何も言わずに我慢してくれたが、次も決まらないと一悶着あるよ。各国にいろんな日本の新聞情報が入ってみんな心配してるんだから。
 次のIOC総会できちんと報告できなかったら、契約違反になる。東京都とJOCが「こういう開会式でこういう風にやります」という文書をIOCに出し、契約したんですよ。
 無責任な評論家は「そんな競技場がなくても五輪はできる」とか言うけど、これはメンツの問題でもある。
 ラグビーだってヨーロッパとオセアニアでやってたのを初めてアジアへ持ってきた。日本でやってこれが米国やロシア、南米へと広がっていくことを期待してるんです。
 ラグビーだけじゃない。サッカー協会は女子W杯の誘致を希望しているが、それにはスタジアムがいる。それに可動席スタンドが必要なんです。ラグビーは6万人でいいけど可動式スタンドと観客席の屋根は重大な問題だ。
 さてそこで、屋根の問題がなんでこんな風にこじれたかといえば、これも下村さんなんですよ。初めて公式に舛添さんに協力の依頼に行ったでしょ。
 その時に舛添さんが沖縄県みたいにカメラやマイクを入れて下村さんと会見をやったわけですよ。僕は下村さんに「気をつけて話しなさい。間違っても議論をふっかけるようなことはしないように」と忠告してたんだ。下村さんも「わかりました、よく気をつけます」と頭を下げときゃいいのに、知事に言われて大見得を切ったんだ。
 「考えてますよ。スタンドは仮設にして屋根はやめる」と。これは余計なこと。最後に切るカードを先に出しちゃったんで「屋根がいらない」と独り歩きしてしまった。そうじゃなくて開閉式はやめようということだった。
 ラグビーもサッカーもグラウンドに雨が降っても別に構わない。問題は屋根が空いたままだったらコンサートや文化行事ができないことなんです。
 新国立競技場の維持費をまかなうにはコンサートを開きたい。大きいからいろんなことをやれる。文化、経済、スポーツ、すべての集積する場にしようという計画だったんです。
 日本武道館は一度も赤字を出したことはないのはなぜか。コンサートで7~8割の運営経費をまかなっている。東京ドームもポール・マッカートニーやEXILEのコンサートをやってるでしょ。屋根がないとそういうことができない。騒音問題が出て環境問題になる。
 これは五輪にとっても死活問題なんです。なぜかというと開会式は半年以上前から準備する。多くのマンパワーを要するからリハーサルは夜しかできないんです。毎晩電気をつけて音楽かけてたら、たちまち騒音問題になるじゃない。
 だからほんとは天蓋は必要なんです。抗しきれなくなっちゃって「天蓋はやめて五輪後につけます」と言わざるを得なくなったけど、開会式のリハーサルは一苦労だな。
 僕は専門家じゃないけどキールアーチが問題なのは分かる。でもそれを前提にして基礎設計をやってるんですよ。キールアーチをやめるとなると全部やり直しだ。そうすると実施設計まで1年半かかり、プレ五輪に間に合わない
 それにキールの部材は7月中に発注しないと間に合わないそうだ。あまりに巨大だから全体を作って競技場に運べないから切断したのを運んで現場で接合するしかない。だから仮設工場もいるんですよ。
 問題は総事業費だけど、そこは腹をくくって国家的事業だからということで納得してもらうしかないんです。大事なことは、五輪は国と東京都と組織委員会が協力してやることなんです。そして経費を徹底的に精査すること。僕が組織委員会にきて2000億円くらいはすでに圧縮したよ。
 それでも東京都が3000億円、組織委員会もトータルで7000億~8000億円はかかる。でも国は2520億円しか出さない。おかしいと思いませんか。3対8対2だよ。
 新国立競技場は50年先とか、80年先に東京五輪のレガシー(遺産)として残して、日本の文化、経済、科学技術、スポーツを世界中に発信する中枢にすべきなんです。それがアベノミクスでしょ。われわれはそういう理想に向けてなんとか歯を食いしばって国の財政にも迷惑かけないようにやってるんです。
 僕も無報酬だよ。わずかばかりの議員年金は家内に渡してね。日当は手をつけず組織委のメンバー全員の盆と暮れの打ち上げ代に貯めてるんです。
 僕は組織委に2つを言ってるんだ。1つは派閥を作るな。もう1つは自分の出身の組織を向いて仕事をするな。組織委員会に現在380人ほどいるが、来年には倍になる。その人たちがみんな自分の出身の組織を見て仕事をしたら一体どうなりますか。だから、自分の出身組織のことは考えずに五輪を成功させることだけを考えてやりましょうと。俺もいろいろ気を遣ってるんだよ。
=このインタビューは7月14日に行いました。

自民党ならダメで民主党ならOKというダブルスタンダード

安全保障関連法案の審議で、
民主党は我が国の安全保障環境が厳しさを増していることや
どのようにして国土、国民の暮らしと安全を守るかという
本質的な議論を避けて
情緒的で的外れな質問を繰り返している。

メディアは自民党若手議員の勉強会での発言を
「権力による言論弾圧」だと大声で非難している。
これに関連して、産経新聞に民主党政権下での記者の興味深い体験談が掲載された。

委員会での「強行採決」についても民主党政権時代には
「強行採決」が10回以上も行われたという記事が掲載され
この2つを読むと
民主党及び民主党を応援するメディアのダブルスタンダードぶりがよく分かる。

私達は今現在のことだけではなく、以前どのようなことがあったのかも込みで
事実に基づいて、理性的に判断する必要があると思う。


産経新聞 2015.6.30 01:27
民主議員「書いた記者を外せ!」 政権担当時にも“報道圧力”
 自民党の若手議員が開催した勉強会「文化芸術懇話会」における発言が、「報道機関への圧力」だとして批判されている。新聞各紙は「自民の傲慢は度し難い」(朝日)、「言論統制の危険な風潮」(毎日)などと怒りの拳を振り上げ、本紙も連日、この問題を詳しく報じているが、そのたびに4年半前の悲しい体験を思い出す。
 当時、私は政治部の「与党キャップ」という立場で永田町にいた。民主党が政権の座に就き、1年ちょっとたった時期だ。
 ある日、民主党の某議員から議員会館の自室に来るよう言われた。こうした場合は大抵、記事への抗議だ。重い足取りで部屋に向かったことを覚えている。
 以下、密室での話なのでA議員と記す。案の定、A議員には、その日の政治面の記事が「事実と異なる」と訴えられた。詳しく話を聞くと、確かに取材が甘かったことは否めない。私は素直に謝罪した。「訂正文の掲載かな」と覚悟していたところ、A議員は意外なことを言い出した。
 「書いた記者を外せ」
 断っておくが、「外してほしい」ではなく「外せ」という命令口調だ。最初は「冗談」だと思った。しかし、A議員の表情が「本気」だったので、すぐさま「それは話の筋が違う」と反論した。すると、A議員は別の記者の名前を挙げて「○○はいまだに××(記者クラブ名)にいるじゃないか。あいつも外せ」と言い放った。
 最近もテレビの討論番組でさわやかなお顔をお見かけするが、あのときのA議員とは別人のようで、自分が体験したことが自分でも信じられないときがある。
 もちろん、「外せ」と指摘された記者は「外される」ことなく、たくさんの記事を書いた。しかし、民主党はその後も、前原誠司政調会長(当時)のことを「言うだけ番長」と書いたら、記者会見から本紙記者を排除した。別の記者は、菅直人首相(同)の記者会見で挙手しても挙手しても無視され、ついに質問の機会を与えられなかった。
 これはわが社だけが標的になったわけではないが、松本龍復興担当相(同)が被災地でテレビカメラが回っているにもかかわらず、「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。書いたらもうその社は終わりだから」と報道陣を恫喝(どうかつ)したこともあった。
 新聞社の社員として、広告料収入がなくなるのも嫌だが、記者として取材できないことの方が、もっとつらい。ただ、民主党という政党を担当したことで、「圧力に屈しない」という新聞記者に最も大事なことを学ばせてもらったと、今ではむしろ感謝している。
 民主党には最近、記事以外の私的な発信についても、記者を「名誉毀損(きそん)だ」と刑事告訴した議員がいる。新聞記者としてだけでなく、一人の人間としても「圧力に屈するな」と鍛えてくれているのだろうか。
 岡田克也代表は記者会見で、自民党の若手議員の発言をつかまえて、「おごりでしょうね。自分たちに権力があると、メディアを自由に左右できるという、そういうおごりの結果の発言だと思う」と語った。私は、4年半前の民主党の「おごりっぷり」は、今の政権の比ではなかったと思っているのだが…。


産経新聞2015.6.30 07:00
【安倍政権考】
暴力を肯定する“平和主義”民主党 フェアじゃない?開き直る岡田代表、またもブーメラン
 衆院厚生労働委員会で労働者派遣法改正案の採決が翌日に行われるとみられていた6月11日。民主党代議士会後に若手議員同士が、こんな会話をしていた。
 「あすは強行採決だ!」
 「破れやすいスーツを着ていかないといけないな!」
 暴力沙汰を予見して楽しそうに話し合う2人は、国会を「ケンカ祭り」か何かと勘違いしているようだった。そして、予見は当たった。
 民主党議員は12日、大挙して厚労委の委員室前に押しかけ、渡辺博道委員長(自民)の入室を阻止しようとした。もみ合いの末に渡辺氏は入室したが、首などを負傷した。しかも民主党は事前に配置図などを記載した「作戦メモ」作成し、渡辺氏の入室阻止や審議妨害の段取りを確認していた。
 渡辺氏は混乱を回避するため、この日の採決を見送ったにもかかわらず、計画的な暴力による審議妨害だけが実行された。気に入らないから暴力で阻止する姿勢は議会人の風上にも置けない。実に恐ろしい発想だ。
 厚労委の民主党議員は質疑が始まっても着席せず、壁際に立ってやじを飛ばし続けた。民主党の質問時間になっても質問せず、傍聴席に向かって政府批判の演説をぶつ議員もいた。民主党議員が質問しないので、安倍晋三首相は約1時間、ルールも礼節もない無法地帯で着席したまま無為に時間を過ごした。
 民主党は少なくとも暴力行為は謝罪するかと思いきや、反応は全く逆だった。
 首相は17日の党首討論で、岡田克也代表に対し、「委員長の入室を暴力を使って阻止した。議論を抹殺するもので極めて恥ずかしい行為だ」と批判した。すると岡田氏は「強行採決をしないと約束するか。それをせずこちらだけ責められても困る」と開き直った。
 強行採決は国会で珍しくなく、民主党政権も積極的に多用した。鳩山由紀夫政権時代の平成22年3~5月、約3カ月間に10回も行った。「民主党の強行採決は正しいが、自民党の強行採決は正しくない」という発想は、常識人の理屈とはいえない。見事なブーメランである。
 首相に党首討論で計5回、見解をただされても回答を拒んだ岡田氏は24日のBSフジ番組で、さらに開き直った。首相の指摘に「全くおかしい」と反論し、厚労委の民主党理事が謝罪したと強調。与党の強権的な国会運営が問題だとした上で「そういうやり方に反省の弁を述べるかどうかだ」と語り、首相や与党の謝罪が先にあるべきだとの考えを示した。
 与党が強権的だとしても、それと暴力行為を同等にみている時点で理解に苦しむが、岡田氏の理屈は不思議な方向へと進んだ。番組の司会者は暴力行為に対する代表としての見解を繰り返し尋ねた。的を射た質問だったにもかかわらず、岡田氏は「一方だけ取り上げて『代表はどう思うか』と聞くのはフェアではない」と反発した。安倍政権が「表現の自由」を奪っていると盛んに批判している割には、自分の足下は見えていないようだ。
 さらに不可解なのは、安全保障関連法案を「戦争に巻き込まれる」などと糾弾するメディアが、民主党の暴力を無視したことだ。朝日新聞と東京新聞は騒動の翌日の13日付朝刊で、渡辺氏の負傷に一切触れなかった。両紙は12日に行われた山崎拓氏ら自民党OBによる安保関連法案反対の記者会見については、1面を含め大々的に報じた。
 安保関連法案の賛否以前の問題として、暴力で議論を封殺しようとした民主党の行為は間違いなく民主主義の根底を覆す横暴なのに、ふだん「表現の自由」を声高に叫ぶ「平和を望むメディア」は目をつむった。先の大戦を振り返り「平和主義者が戦争を起こす」という趣旨の教訓を唱えたのは、ノーベル文学賞受賞者でもあるチャーチル元英首相だった。アイロニーと示唆に富んだこの言葉は、今の民主党や一部メディアには全く響いていない。

原子力規制委員会って工作員?

原子力規制委員会がどうも変だという印象は以前から持っていた。

そもそも、福島第一の事故は地震動による設備の損傷ではなく
津波によって地下に置いた補助電源装置が使えなくなり
電源喪失で炉の冷却が出来なくなった事による。
活断層があったからどうこう、では全くなかったのだ。
それなのに、規制委員会の関心・拘りは
「活断層があるかないか」ばかりだ。

出力1ワットの研究用原子炉までもが停止に追い込まれ
再稼働の見通しが立っていないと知って、あ然とした。

これって例えば遊園地の敷地内で子供を載せて走るミニ電車に
通常の鉄道事業者向けの規則をそのまま適用するようなものだ。

原子力規制委員会って原子力発電のド素人か?

このような「規制委員会のおかしなやり方」で誰が得をするのか?
と思ったら、確かに得をする国があるようだ。
世界最先端にある日本の原子力発電技術をそっくり頂けるなら
あらゆる手段を使ってきそうな国が隣にある。
原子力規制委員会にその国の工作員が入り込んでいる可能性は、否定できない。

民主党政権の下で発足した原子力規制委員会がおかしいとしても
安倍政権になって既に二年半が過ぎているのだから
是正する時期に来ているのではないだろうか。
非科学的な(怪しい)委員は交代させ、委員会本来の仕事をさせる。
本来の仕事とは
「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、(中略)もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」
である。

国際的な基準でも研究用原子炉が商業用原発と同一の扱いなのか
規制委員会に聞きたいところだ。
とにかく我が国の安全保障を損なうような非科学的なやり方は
すぐにやめてもらいたい。

安倍政権が規制委員会の異常性に手をつけないのは、国民の反発を恐れるからかもしれない。
しかし、日本国民は論理的に説明されれば理解できるだけの民度を備えている。
知らないから、きちんと知らされていないから
「原子力は何でもかんでも怖くて悪いものだ」と言われて不安になっているのだ。

少なくとも研究用原子炉の扱いについては明らかに規制委員会が間違っていることは
説明されればば分かる話だ。
また規制委員会の独立性を優先するあまり、
万一他国の工作員に入り込まれても排除できない法体系になっているとしたら
そこは修正すべきだということも、容易に理解できる。

安全保障関連法案が成立したらすぐに
原発についての正しい情報を丁寧に繰り返し発信するとともに
規制委員会に対して打つべき手を打ってほしい。


産経新聞 2015.7.1 06:00
【九州から原発が消えてよいのか】
第10部(3)中国から輸入? 悪い冗談に現実味/“非科学的”な規制委の態度、いなくなる技術者
 出力1ワット。日本の原子力研究と人材育成に半世紀にわたって重要な役割を担ってきた原子炉が昨年2月5日、停止した。蛍光灯すら点灯できない原子炉に、原子力規制委員会が、出力何十万キロワットという商用原発と同様に、安全対策を求めたからだった。
 この小さな原子炉は、近畿大の原子力研究所(大阪府東大阪市)にある。炉は円柱状で直径4メートル、高さ2メートル。起動から核分裂反応が連続する臨界、そして停止という一連の作業を実習できる。九州大や大阪大の学生も含め、年間約200人の学生がここで学ぶ。
 その原子炉に平成25年12月、原子力規制委員会が、非科学的としか言いようがない方針を示した。
 商用原発と同様に、地震や竜巻、周辺の化学工場の爆発、飛行機の落下に至るまで多岐にわたるリスクを想定して、安全性を証明するよう求めた
 「原子炉といっても、豆電球ほどの熱も出ないんですよ。当然、核燃料が溶け落ちるメルトダウンも、絶対に起きない」
 近大原子力研究所所長の伊藤哲夫はこう語る。
 それでも、原子力関係者にとって規制委は“絶対”の存在だ。近大の原子炉は停止に追い込まれた。再稼働には、規制委の安全審査に合格するしかない。
 近大は昨秋、規制委に審査を申請した。審査には膨大な書類が必要となる。教授ら5~6人が授業の合間に作っているが、全体の約2割しか進んでおらず、再稼働の見通しはまったく立っていない。
 こうした実験・研究炉は、京都大も大阪府熊取町の実験所に2基持つ。こちらも、昨年5月までに運転を停止した。日本の学生は、国内で原子炉を学ぶ機会を奪われた
 近大は、実習の場を韓国に求めた。昨夏、ソウルの慶煕大の原子炉を使わせてもらい、起動から制御までの作業を学生に実習させた。近大は今年も同様に学生を派遣するが、期間は計1週間程度で、人数も20人程度に限られる。自前施設を使えない辛さがここにある。
 伊藤は「原子力関連の人材育成は国をあげて取り組むべき重要な課題だ。優秀な学生が、希望をもって勉強ができる環境を早く取り戻したい」と訴えた。
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 資源小国日本にとって、冷静に考えれば原発は欠かせない。
 2030(平成42)年の電源構成比(エネルギーミックス)の政府案でも、原発は総発電量の20~22%を占める。
 一つの原発を運営するには、保守点検を含め数千人の技術者が必要とされる。福島第1原発の廃炉作業も数十年がかりだ。原発の運営も廃炉も、高度な技術を有する人材を、次々と育てなければならない
 しかし、東京電力・福島第1原発事故の後、商業用原発ばかりか実験・研究炉まで運転停止に追い込まれる状況に、技術者の卵は「原子力は将来に展望がない」との印象を抱く
 原子力の平和利用を目的に経済界などでつくる「日本原子力産業協会」は毎年、就職活動中の学生を対象に、原子力産業セミナーを開いている。参加者は、福島の事故前まで右肩上がりを続け、22年度は1903人に達した。しかし、事故後の24年度は388人と5分の1にまで落ち込んだ。26年度も393人とまったく回復していない。
 原発業界が敬遠される大きな理由の一つが、規制委の姿勢だ。
 もともと規制委は、福島第1原発事故を教訓に、原発の安全な運転を目的とする組織として、平成24年9月に設立された。
 原子力規制委員会設置法第1条にはこう記される。
 「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、(中略)もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」
 にもかかわらず、規制委は再稼働にブレーキを踏むことに血道を上げている。原子炉の大小に関係なく、一律の安全基準を求める姿勢は思考停止であり非合理だといえる。その姿勢が、原子力のみならず、放射線治療など医療分野の停滞も招く。
 九大工学研究院エネルギー量子工学部門教授の池田伸夫は「研究用原子炉は貴重な道具なんです。運転停止が長引けば、中性子を使った研究がすべて止まってしまう」と危惧する。
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 国外に目を転じれば、福島第1原発の事故後も、電力の安定供給に向けて、原発を必要とする潮流は変わらない
 原発新増設に最も力を入れているのが中国だ。
 中国はロシアの技術をベースに今年4月時点で23基の原発が稼働する。これは世界で稼働する原発431基(1月時点)の5%に当たる。経済発展とともに、エネルギー不足に悩む中国では、技術の国産化をねらって原発ラッシュが続く。
 現在、26基の建設が進んでおり、今年中にさらに6~8基の建設が始まる。エネルギー問題に詳しい民間シンクタンク「テピア総合研究所」によると、発電事業者の計画ベースも含めると約280基の設置場所が決まっている。
 中国は、海外への輸出にも動く。
 パキスタン、アルゼンチン、ルーマニア…。中国のメディア「人民網」などによると、今年に入ってからだけで、これだけの国が中国製原発の導入を決めたという。
 今後、中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)と組み合わせた原発輸出も視野にあるとみられる。
 韓国もまた、原発輸出大国を目指す
 2009年12月、世界中の原発関係者を驚かせるニュースが駆け巡った。アラブ首長国連邦(UAE)が初めて建設する原発を、韓国系企業が受注した。ライバルのフランスメディアは、ナポレオンが敗れた「ワーテルローの戦い」になぞらえた。
 もちろん、原発推進は中国や韓国だけではない。
 米原子力規制委員会(NRC)は、2012年2月に、南部ジョージア州のボーグル原発3、4号機の建設を認可し、翌3月には南部サウスカロライナ州のV・Cサマー原発2、3号機の新規建設も承認した。
 日本も巻き返しを図る。トルコに対し、首相の安倍晋三によるトップセールスで原発輸出に成功した。
 2000年代、世界で先進技術をもつ原発メーカーといえば、仏アレバ、米のゼネラル・エレクトリック(GE)とウェスチングハウス(WH)、そして日本の東芝、日立製作所、三菱重工業だった。その後、東芝がWHを買収し、日立とGEが原子力部門を統合した。アレバも原子炉事業の売却交渉に入ったとされる。
 今後、中国や韓国メーカーも巻き込み、さらなる合従連衡が想定される。国内の原発が動かず、技術者育成も進まないままでは、この激流の中で、日本は長年培った技術を手放すことになりかねない
 テピア総合研究所の主席研究員の窪田秀雄は「新しい炉の建設がなければ、技術の維持や発展は難しく、産業基盤が失われていく。人材が払底し、技術がなくなれば、原発が必要になったときに、海外から輸入せざるを得なくなる」と語った。
 わが国に対する安全保障上の脅威が高まっている。中でも、中国の海洋進出は深刻な問題だ。その中国から、国のエネルギー政策の根幹をなす原発を輸入する。これをブラックジョークと笑い飛ばせない現実がある。
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ゼロリスクは不可能

東海道新幹線車内で起きた焼身自殺事件。

昨日の昼にそのニュースを知ったときはショックだった。
これまで海外では列車内での自爆テロや放火事件が起きていたが
とうとう日本でもこんな事が起こるなんて。
残念だし悔しいし、犯人に対する怒りを覚える。

そういえば一時期、新幹線のゴミ箱が使用禁止になっていた。
「不審な荷物があったら知らせて」という車内放送がされていたことも。
今は解除されているが、当時は警戒すべき状況にあったのだと思う。

今回の事件は、犯人にその意図があったかどうかは別にして
起こったことは「自爆テロ」そのものである。
巻き添えで一人の方が亡くなり、20人以上が重軽傷を負った。

その後の報道でどこも判で押したように
「新幹線での手荷物検査」を語っていたが
それって、どう考えても無理でしょ?

利用客の多さ、運転本数の多さ、走行する密室に多数の乗客がいる状況は
新幹線でも在来線でも地下鉄でも
本質的な違いは無い。
手荷物検査の必要性ということなら、全ての公共交通機関でも同じこと。

ほとんど新幹線を利用しない人が言うならともかく
都会で頻繁に新幹線を利用し状況を熟知しているはずの解説者が
「新幹線でも手荷物検査を検討せざるを得ない。」
などど話しているのを聞くと
極めて非現実的な話を勿体付けて語って、お茶を濁しているとしか思えない。

現実問題として手荷物検査は無理だから
ではどのような対策が考えられるか。
こちらはそういう話を専門家から聞きたい。

それから今回の様な事件を完全に防ぐことは不可能である。
仮に手荷物検査を実施したとしても、本気でやろうと思えば危険物持ち込みは出来る。
新幹線50年の歴史で初めて起こった事件を教訓とすることは大切だが
過剰反応する必要はない。

自爆テロを防ぐのは難しい。
幸い日本では自称イスラム国等に共感してテロを企むグループが
市民に紛れて住み着いている可能性はまだ低い。
従って入国時のチェックで危険人物を押さえることが
有効なテロ予防策になると思う。

ゼロリスクは不可能であることを前提として
メリットデメリットを見極めつつ
冷静に対策を打ってほしい。