かわいそうな歴史の国の中国人

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宮脇淳子著 かわいそうな歴史の国の中国人

帯:
平気でウソをつき、ウソを本当にしようとする中国人の強さの秘密は、中華文明の弱さに理由があった。
中国四〇〇〇年の歴史など存在しない!
かわいそうなくらい「ないないづくし」だった中国
・歴史的に見れば中国という国はなかった
・中国は易姓革命によって王朝ごとに断絶した歴史しか持たない
・中国人は漢字という不自由な文字に苦しんできた
・中国人にはこれまでずっと共通語がなかった
・中国はモザイク国家であって、ひとつの中国など存在しない
・中国では国家は税金を取り立てるだけで民衆を守ることがなかった
・中国は歴史的に汚職なしには回らない世界だった

この本を読んだのは1ヶ月以上も前で、早く記事にしたいと思いつつサボっていた(汗)。

本書の中で一番驚いたのは、
賄賂が、長い歴史と伝統に根ざしたチャイナの文化そのものだということだ。
ーーp44よりーーー
シナの王朝は基本的には官僚制によって統治されるわけですが、たとえば中央官庁が官僚に給料を出すという仕組みにはなっていない。
(中略)
皇帝は、科挙の試験を通った官僚に県知事の肩書きと印鑑を与える。県知事に任命された官吏が地方に赴任するときに、皇帝が与えるのは肩書きだけで、お金はいっさい出ません。県知事という肩書きがあれば、税金を集めることができて、一定の税金を中央に送れば、残りは自分の収入にすることができるというシステムです。
これは秦の始皇帝が統一したときからずっと変わらないシナの伝統です。シナの官僚も、土地で雇われる小吏も、原則として無給で、官僚はその地位を利用して適当に稼ぐものとされました。どこからどこまでが賄賂で、どこからが正当な報酬かははっきりしません。これがじつは、シナの官僚というものなのです。
ーーp45よりーーー
中央から派遣された県知事は、皇帝の代理人として裁判権を持っていました。裁判は県知事の裁量しだいです。だから彼らは、被告と原告の両方からお金をもらって裁判をしていました。
こうした伝統があるので、いまの共産党の官僚たちも、何か仕事で口利きしたときには、必ず賄賂を取る。それも自分たちが出会った人ごとにすべてからお金を取ろうとするのです。もちろん外国企業でも同じことです。日本では考えられないことですが、中国ではそれが普通なのです。日本ではこれは汚職ですが、あちらは正当だと思っている。口を利いてやった、俺の地位を利用して仕事を進めたんだから、お金を取って当然だとなる。汚職は中国の伝統文化だと言っていいのです。
ーーーーー

当ブログではこれまでも
「国や民族による価値観の違い」に触れてきた。
人は誰でも自分を基準にして物事を見るから
他国・他民族も自国・自民族と同じあるいは似たような価値観を持ち、判断や行動をすると思いがちだ。

それが大きな不幸を生む。

大東亜戦争にしても早い段階で世界に向かって自己主張をきっちりしていれば
あるいは回避できたかもしれない。
我慢に我慢を重ねること、譲ることは、
一歩日本の外に出れば「弱さ」でしかない。

チャイナに対する幻想、誤解を無くし、現実を客観的に判断する上で
本書の内容はとても参考になると思った。

本書では中華人民共和国が
モンゴル、ウイグル、チベットに対してこれまで何をしてきたか、今現在何をしているかについても
分かりやすく述べている。
日本にいる「親中派」あるいはリベラルな方々は、
何故かこれらの問題には一切口をつぐんでいる。

知らないにしても、知っていて見ないふりをしているにしても
それは共感を得られる態度ではない。

安倍総理談話は秀逸♪

8月14日18:00に戦後70年の総理談話が発表された。

大東亜戦争とその後のことだけではなく
19世紀の世界の状況から説き起こして
日本の近代化、西欧列強の植民地支配と有色人種差別にも触れた。

「明治維新前の日本は遅れた野蛮な国だった」と
諸外国のみならず日本国民でも誤解している人が少なくない中で
近現代の歴史的事実を述べたことは、大変素晴らしいと思う。

大東亜戦争は、開戦を熱望するルーズベルトの策略に填ってしまった部分が大きいが
上手にABCD包囲網に相当する文言が入っている。
原爆や都市空爆などで一般市民が犠牲になったことを述べて
さりげなく「忘れたわけじゃないからね」とアピールしたのはさすがだと思った。
シベリア抑留にも間接的に触れている。

「先の戦争」への反省を述べる中で
今現在の世界を乱す国々の行状をきっちり牽制しているのがすごい。
名指しせずともチャイナのことと分かる部分では思わずニヤッとした。

さらに感心したのは、一言一句無駄なく不足なく、練りに練られた談話だということ。
後半に
「敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国」
とあり、中華人民共和国とは戦っていないことを暗に示している気が。
チャイナは抗日戦争勝利70周年とかって言っちゃってるけどね(笑)。

左寄り反日の人達が「長すぎて何が言いたいのか分からない。」と
批判するふりをして自分の読解力の無さを白状していたが
あなた方に言いがかりを付けられないように直接的な表現を避けつつ
読む人が読めばちゃんと意図が伝わる談話なのである。

安倍さんが足を引っ張られているのではと心配したが、杞憂だった。
加害者と被害者の両方の立場をバランス良く盛り込んだ上で
もう謝罪はしないし未来に向かって進む姿勢を明確にした。
今年初めからず~~っと続いた「70年談話騒動」は
安倍さんの完全勝利に終わったと言える。

安倍晋三氏は卓越した政治家であり最高の内閣総理大臣だと
改めて実感した。

以下が談話全文。
赤字は私が特に「そうだ、その通りだ!」と拍手した部分である^^

平成27年8月14日
内閣総理大臣談話


[閣議決定]

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
 そして七十年前。日本は、敗戦しました。
 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

やっと ようやく 待ちに待った 再稼働

8月11日10時30分
九州電力川内原子力発電所一号機が運転を再開した。

日本国内の全ての原発が停止してから1年11ヶ月。

ようやくだ。
長かった、本当に長かった。
こんなに長く掛かるとは思ってもいなかった。

本ブログでは
2012年4月13日の記事「一日100億円」で
「すべての原発を止めて火力で代替する場合、余分に必要な燃料代はざっくりと計算して一日100億円であり
一日100億円の損失は、どんどん日本を弱体化させるのではと心配だ。
通常の手続きに沿って、速やかに原発を再稼働させるべきだ。」
と主張した。

2012年11月28日の記事「原子力発電についてどう考えるか?」では
「再稼働反対という主張は「脱原発」というよりも「反原発」「原発全否定」であろう。」
と指摘した。

その後、再稼働反対は極左過激派集団にとっても「飯の種」となってしまい
福島に中核派の拠点ができたりしている。

また原発反対と沖縄普天間基地の辺野古移設反対と特定秘密保護法反対と安全保障関連法案反対と
いずれも同じ人達が主張し活動していることが明らかになった。
サウンドデモといって鐘・太鼓をカンカンドンドン鳴らすデモは
スローガンが変わっても音のリズムがソックリで
立ち並ぶ幟や旗も同じで、
「ああ、なるほど、そういうことなのね~」である。

さて、今一度私達は事実を冷静に見る必要があると思う。
福島第一の事故とは、本当はどのようなものだったのか?

チェルノブイリ事故と同じレベル7とされているが
チェルノブイリでは原子炉そのものが壊れて核燃料が飛び散り放射性物質が漏出。
放射線障害での死傷者が多数発生した(短期的な死者は少なくとも数百人)のに対して
福島第一では壊れたのは建て屋であって、原子炉ではなく
環境中に放出されたのは塵に付着したセシウムとヨウ素。
チェルノブイリと比べれば遙かに少量だったし
放射線障害では死者も怪我人も治療を受けた人さえ一人もいなかったのだ。
むしろ事故の状況を適切に判断できずに
しなくても良い避難をさせられたための「災害関連死」を生じさせてしまった。

川内原発再稼働のニュースの中で
「母親は91歳で歩いてトイレにも行けない。事故が起きたって避難させられないじゃないか!」
と語気荒く話す男性がいた。
また老人福祉施設の所長さんも避難への不安を語っていた。

そもそも事故対応の中に
「避難しないで室内に籠もる」という選択肢が無いのはおかしくないか?
原発事故というと、あの福島第一を経験しているのにもかかわらず
まるで原子爆弾が落ちたような情景を思い浮かべているように見える。
仮に放射性物質がまき散らされても室内に入り込まないような設備と
1ヶ月分の食料、薬と電気ガス水道が確保されるなら
慌てて避難するよりも絶対に安全だと思うのだが。

青山繁晴氏によると
福島の原発はアメリカ製の古い型の欠陥炉であり
アメリカでは裁判の結果、地震の多い西海岸には設置できなくなって
余ったのを日本が売りつけられたものだ。
しかも建設工事までアメリカ企業に丸投げしたため
自然災害はハリケーンを想定して電源や配電盤を地下に置いた。
それで津波にやられたというのだ。

それであれば日本製の原子炉を日本企業が建設した原発では
あのような事故が起こる可能性は極めて低い。

ゼロリスクつまり100%の安全があり得ないことは
全ての生き物にとっての大前提。

事実をよく知って正しく理解して、きちんと冷静に判断したいと思う。

全国の原発が再稼働を果たすまでにはまだ時間が掛かるだろうが
一つの山を越えたことは大変喜ばしい(安堵)。

ぼくらの祖国

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青山繁晴氏の「ぼくらの祖国」を読んだ。

本書の単行本は2011年末に発行されていたが、まだ読んでいなかった。
新書版が出た機会に注文し、昨日届いたのを読んだ。

書き出しは
ーーーーー
きみは祖国を知っているか。
あなたは祖国を知っていますか。
ぼくは知らなかった。
なぜか。
日本の学校では教えないからだ。日本の大人も、語らないからだ。
きみも、あなたも、ぼくもみんな日本国民だ。だけど日本をそこく、祖国として考えたこと、はっきり祖国として意識したことが、どれほどあるだろうか。
(中略)
祖国とは何だろう。
祖の国とは、ぼくらの親のそのまた親の、そのまたまた親の遙か彼方から、ずっーと続いてきた、大きな、奥ゆきの深い家のことであり、それがなければ、ぼくたちは、いなかった。
この祖国が滅びずに続いてきたからこそ、ぼくらは互いのきもちを同じ言葉で伝えることができる。絵や音楽や文学という文化も、祖国によってしっかりした共通の根を持つから、きもちを自由自在に表すことができる。
ぼくたちが、この大地に足を踏みしめて生きることの土台が、祖国なのだ。 
ーーーーー

中学生の頃から40歳頃まで、
自分はたまたま日本に生まれ日本人として生きている、
それだけのことだと思っていた。
君が代、日の丸は好きではなかった。
好きな人はそれでいいけれど、嫌いな人に押しつけることはないだろう。
だから君が代斉唱の場面でも、起立はするが歌わなかった。

ただ、日本人が世界で活躍する姿は、素直に嬉しくて誇らしいと思っていた。
同じ市内や町内の人が頑張っているのを知れば、自然に応援したくなる。
知人友人ならなおさら、家族であれば言うまでもない。

日本は悪いことをした国だけれど、それでも何と言っても、私が生まれて住んでいる国なのだから
やっぱり嫌いにはなれないよね。
それが私の祖国への思いだった。
50代後半になってようやく目覚めて、
「日本は悪いことをした国だけれど」という枕詞が取れて
本当に晴れ晴れとした心持ちになった。
真の意味で祖国を取り戻したと言えるかもしれない。


さて、本書では硫黄島のことが一番心に響いた。
そこで何があったのか、ほとんど何も知らなかったからだ。

硫黄島の戦いにおける最高指揮官の栗林忠道中将は二つの事を命じた。

自決をしてはならぬ。
万歳突撃をしてはならぬ。

反発する将兵に、その理由を丁寧に説明した。

おまえたち、アメリカ軍がなぜ硫黄島を取ると思うか。
大本営は日本の港や工場を爆撃したいからと言っているけれども、アメリカは本当はもう日本の港や工場に関心は薄いぞ。
そうではなく、爆撃の目的はもはや本土で女と子供を殺すことだ。女と子供を殺す、すなわち民族を根絶やしにされると日本に恐れさせて降伏に導くのが、アメリカ軍が硫黄島を取る本当の理由である。
だから今から穴を掘ろう、穴を掘って立てこもって、やがて、みな死ぬ。
しかし穴を掘って立てこもったら一日戦いを引き延ばせるかもしれない、最後は負けても、一日引き延ばしたら爆撃が一日、遅れて一日分、本土で女と子供が生き延びる、二日延ばしたら二日分、本土で女と子供が生き残る。そこから祖国は甦る。
だから穴を掘ろう。

そして二万一千人の将兵は、
ろくな道具もないのに
地中の気温が70度にもなる火山島に網の目のように穴を掘り、
立てこもった。
彼らはひとり残らず、ただ人のために、公のために、子々孫々のために、祖国のために、それだけが目的で掘ったのだ。


先人達が命をかけてこの国を滅亡から救ってくれたということを
具体的な言葉で強烈に突きつけられたと思った。
分かっているつもりで、本当にはまだ分かっていなかった。

靖国神社への参拝に「言いがかり」を付けてくる
いくつかの他国とそれを煽る反日日本人達に
猛烈に腹が立っている。
安倍総理の談話にも日本国を貶める勢力からの圧力が強いらしい。

本書に励まされるように、先ほど官邸に以下のメールを送った。

戦後70年談話
一度戦争に負けたからといって、70年経っても謝らなくてはいけないなんて、異常です。
損得で言いつのる近隣2カ国の機嫌取りはもう止めましょう。日本国民が日本人としての誇りを取り戻すこと、戦後レジームからの脱却が、最優先されるべき時です。
後退してはいけません。心ある国民を失望させてはいけません。踏みとどまって下さい。
もう「謝罪」はしないで下さい。日本国が悪者だったと、目先の損得で認めてはダメです。損得ではなく善悪に基づいて信念を持って行動すれば、たとえ時間は掛かっても必ず理解されます。絶対に安倍政権は倒れません、倒しません。
ここが踏ん張りどころです。安倍総理だけが出来ることです。未来への歩みを進めましょう!