トルコがダーイッシュ(=IS=自称イスラム国)を支えているらしい

自称イスラム国(IS、ISIL)は現地ではダーイッシュと呼ばれている。
当ブログでも、今後はダーイッシュの呼称を用いる。


11月24日に、ロシア機が領空侵犯したとしてトルコがこれを撃墜した。
その背景がだんだんと明らかになってきている。

トルコは隣国シリアのアサド政権を潰したい。
そのために反アサド政権側を支援している。
ダーイッシュも反アサドであり、
ダーイッシュの悪行にもかかわらずトルコはこれを陰で支えているらしい。

例えばヨーロッパからダーイッシュに参加するためにやってくる若者は
どこからシリアに入るか?
トルコ経由である。
トルコが国境でシリア入国出国を阻止しようと思えばできるのに、しない。

またダーイッシュの豊富な資金源の一つとして知られる原油の密売だが
誰が買ってどこを経由して出回るのか?
実はトルコのエルドアン大統領の息子が元締めで、トルコ経由で世界各地に出回っている。
ダーイッシュの資金源を守ると同時に、エルドアン政権も金儲けをしているのだ。

有志連合の空爆にもかかわらず、効果が上がらないのは何故か?
本気でダーイッシュを叩いていないからだ。

ロシアが空爆を開始し、原油を運ぶタンクローリーを数百台破壊した。
ロシアは本気の攻撃をしているわけだ。
そのタンクローリーの車列はトルコ国境に向かっていた。
トルコに取っては甚だ不都合な状況だ。
それで事前にNATO(トルコはそのメンバー)に根回しをした上で
ロシア機を撃墜してロシアを牽制した、というわけだ。

ダーイッシュと地上で命がけで戦っているのはクルド人である。
トルコ国内にも多くのクルド人がいる。
現在のシリア・イラクの混乱の結果として
もしもクルド人の国、クルディスタン建国となれば
トルコ国内からも分離独立の動きが出てくる可能性は高い。
エルドアン大統領はそれを恐れていて
2013年には和平合意がなされていたクルド人勢力に対して
ここに来て武力攻撃を始めた。

トルコでの自爆テロ(死者100人以上)やクルド人弁護士暗殺など
ダーイッシュの犯行かもしれないが
むしろエルドアン政権の意向に沿っていると見える。

トルコはイスラム世俗主義国家として欧米と上手く付き合い繁栄してきた。
しかしエルドアン大統領はイスラム原理主義に回帰しつつある。
一方シリアのアサド大統領はバリバリの世俗主義者である。
さらにトルコ国境に近いシリア領内には
トルクメン人(トルコ人と同じ民族)が居住していることから
シリアの混乱に乗じて国境を引きなおし
あわよくば領土を広げられたらいいなという思惑がトルコにあってもおかしくない。

だからといってエルドアン政権がダーイッシュを支援するというのは
中東及び世界の平和安定にとって許されることではないと思う。
現在のトルコとロシアの対立に関しては、明らかにロシアの方が正しい。

トルコは親日国であるが、トルコ国民及び中東地域の人々の幸福を願うなら
日本国は盲目的にエルドアン政権を支持してはいけないと思う。
歴史的に国民同士が親しみを感じていることと
外交において時々の政権を支持するか否かは、別次元の問題である。

第一に考えなくてはいけないことは、
我が国の国益そして世界の安定と平和である。

山口二郎氏のこと

法政大学教授の山口二郎氏が、平和安全法制に反対する集会で
「安倍に言いたい。お前は人間じゃない!たたき斬ってやる!」
と発言したことは記憶に新しい。
恐るべき言葉の暴力であり個人攻撃であり
まともな大人が口にするような言葉ではない。

2015.8.31 産経新聞
【安保法制】
国会前集会発言集(1)「安倍は人間じゃない。たたき斬ってやる」山口二郎法政大教授

以前からテレビで見る山口氏には異様な印象を受けていた。
学問をする人とは思えない飛躍した論理には説得力を感じなかったし
目つきと表情が何とも言えず怖かった。
言葉で説得できないから、遂に刺激的なアジ演説に走るようになったのだろう。


その山口氏のコラムが11月15日の東京新聞に掲載された。

心の底から安倍さんが嫌いなことはよく分かるが

「自民党が来年の参院選で勝てば、日本の民主主義は終わりである。」

というのは、全く意味不明である。
日本は世界に誇る民主主義の国である。
選挙の結果が自分の思うとおりにならなければ
「民主主義が終わり」だと断じる神経が、私には理解できない。

現政権が法に則って辛抱強く審議をして物事を進めていることは明らかだ。
しかしいくつかの野党も賛成した採決に「不当な強行採決だ」と言いがかりを付け
事実に基づかない非難と罵りを、大声で叫び続けている。

さらに

「今の野党に必要なのは、安倍政治に敵がい心を持ち、これを何としてでも終わらせたいという欲求を持つことである。」

となると、ほとんどテロリストの思考回路に近い。
「何としてでも」つまり「どうやってでも」「手段を選ばすに」ということになろう。
公然とこのような事を言えるって、かなりヤバくないかな?


2年前の今頃、次男は高校三年生で
国際公務員など、国際貢献にかかわる仕事を目指していた。

年が明けて、センター試験があり
その結果を受けて受験する国立大学を決めた。
それまで全く話題にも上らなかった大学だが
ランク、歴史、立地等、どこから見ても素敵な大学だった。

実はその時、私の心の奥に小さな「不安」「陰」があった。
次男が合格したら進むであろう法学系に山口二郎教授がいたのだ。
もしもの時には「指導教授にだけは選ぶな」と言おうと密かに心に決めていた。

運命は良い方に向かって次男がめでたくその大学に合格し
入学式を終えて少ししたとき
テレビに山口氏が出演していた。
その肩書きが「法政大学教授」となっていたのには我が目を疑った。
急いでネットで調べ、その4月に法政大学に移ったことを確認した。
次男と入れ違いで、あの大学から出ていっていたのだ。

小さな「不安」「陰」が払拭され本当に嬉しかったし、ちょっとビックリした。
我が家には八百万の神々が味方に付いてくれている!
そんな風に思えた。

最近の山口氏の「ご活躍」を見るにつけ
よくぞあの時法政大学に移ってくれたものだと
一人ニヤッとする私である。

憲法改正一万人集会

日本武道館で憲法改正を願う集会があるとネットの情報で知り
参加することにした。
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13:00 小雨がぱらつく中を、日本武道館に到着。

大型バスで団体参加者がたくさん来ていた。
私は一般参加で、裏手の入り口から中に入った。

係の方の誘導に従って舞台に向かって右の三階席に向かった。

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13:08 座席に着き、配布された資料を撮影する。
主催者は、美しい日本の憲法を作る国民の会。

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フロアなどは団体参加(動員)らしいが
私の周囲の一般席もどんどん人が来て埋まっていく。
若い方から年配者まで、幅広い年齢層で女性も三分の一くらいはいる。
しかも1人で来ている方が多かった。
これほど目覚めている、問題意識を持つ方がいることに
心強いものを感じた。

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13:59 開会1分前。

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座席はびっしりと埋まっている。

14:00 開会

国歌斉唱
安倍総理のビデオメッセージが流れ
主催者代表の櫻井よしこ氏が挨拶。
中山恭子さんが、か細いのに説得力のある演説をされ
ケント・ギルバート氏や海外からの来賓も挨拶された。

決議文が採択され、ガンバローを唱和して
16:00 閉会

参加人数は11321名とのこと。
日本武道館の収容人数は12000と言われているから
これは水増し無しの実数だと思う。

地下鉄で永田町に移動して
駅ナカのカフェで次の用事の時間まで過ごした。

アウンサンスーチー氏の本質

ミャンマーの総選挙が行われ、野党NLDが大勝した。
昼ご飯を食べながら見ていたテレビのワイドショーで
ミャンマーの概要と今回の選挙の意味、今後の展望などを解説していた。
曰く
ミャンマーは70%がビルマ民族で、残りが多種多様な少数民族である。
90%の国民が仏教徒である。

それは事実であるけれど、
ミャンマーという国を理解するために一番重要な、歴史という部分が欠落している。

元々ミャンマーはビルマといい、ビルマ民族だけの単一民族・仏教国家であり王政を敷いていた。
19世紀になってイギリス植民地となっていたインドと国境を接し
イギリスと衝突するようになった。

ウィキによると
イギリスの挑発で引き起こされた1852年の第二次英緬戦争で敗れると、ビルマは国土の半分を失い、国王パガン・ミン(在位:1846年–1853年)が廃されて新国王にミンドン・ミン(在位:1853年–1878年)が据えられた。イスラム教徒のインド人・華僑を入れて多民族多宗教国家に変えるとともに、周辺の山岳民族(カレン族など)をキリスト教に改宗させて下ビルマの統治に利用し、民族による分割統治政策を行なった。インド人が金融を、華僑が商売を、山岳民族が軍と警察を握り、ビルマ人は最下層の農奴にされた。この統治時代の身分の上下関係が、ビルマ人から山岳民族(カレン族など)への憎悪として残り、後の民族対立の温床となった。下ビルマを割譲した結果、ビルマは穀倉地帯を喪失した為、清から米を輸入し、ビルマは綿花を雲南経由で清へ輸出することになった。
(中略)
1885年11月の第三次英緬戦争で王朝は滅亡。1886年6月、英清ビルマ条約でイギリスは清にビルマの宗主権を認めさせると、ビルマはイギリス領インドに併合されてその1州となる。国王ティーボー・ミン(在位:1878年–1885年)と王の家族はインドのゴア州ボンベイの南に近いラトナーギリーに配流され、その地で死亡した。
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つまり今のミャンマーを苦しめている民族問題や宗教問題は
帝国主義国家イギリスによって人為的・意図的に持ち込まれたものである。
民族対立や宗教対立を抑えて国を安定させるためには、強い力が必要である。
人権や民主主義を優先していたら国が崩壊し
再び大国(例えばチャイナとか米国とか)に翻弄されることになる。
ミャンマーで軍事政権が長く続いているのは、
国家を維持する上でそれ以外の選択肢がなかったという背景を知る必要がある。

さて、そこでアウンサンスーチー氏である。

彼女は「独立の父」と呼ばれるアウンサン将軍の娘である。
アウンサン将軍は大東亜戦争末期に敗色濃厚となった日本国を裏切ってイギリスに寝返った人物である。
(小国が生き残る為の選択だったのだろうから、それを咎めるつもりはない。)
1947年に将軍は独立を成し遂げることなく暗殺されるが、背後にイギリスの工作があったとも言われている。

アウンサンスーチー氏は17歳の時にインドのデリーに移り、19歳でイギリスに渡り
オックスフォード大学(イギリス)で教育を受け、その後もイギリスに住み続け
イギリス人男性と結婚して家庭を持った。
そうして43歳になるまで、ずっとイギリスや西側先進国に住み西欧の価値観の中で生きていた。

17歳から43歳までの間に形成された人格や価値観は簡単に変わるものでは無い。
アウンサンスーチー氏の心はビルマ人ではなくイギリス人と見るのが正しい。
イギリス人の価値観で見れば20世紀後半にもなって
「ばらばらになりかねない国をまとめていくには強権的な支配もせざるを得ない」
ということが理解できず許せない。

アウンサンスーチー氏は軍事政権によって長く自宅軟禁されていた。
本当に軍事政権が極悪なら、さっさと処刑するなり始末していただろう。
そうせずに自宅軟禁という穏便なやり方を取ったのは
「もうちょっと国情が安定するまで、かき回さないで。おとなしくしていて。」
ということのように思える。

日本では
軍=悪 軍事政権=弾圧・独裁=極悪
という短絡的な思考がまかり通っている。
それはWGIPとその後継者である教育者や研究者によって
「大東亜戦争で大日本帝国軍が極悪非道なことをした」
と刷り込まれているからだが
それはとても一面的で間違った見方である。
国情が安定しない国において、西欧的米国的な民主主義が如何に使えないか
アラブの春で明らかになったはずだ。

それにしても
ビルマ独立の父の忘れ形見を、先進国で教育を受けさせ結婚までさせるという方法で
「イギリス人の心を持ったビルマ人」に作り上げたアングロサクソンとは実に恐ろしい民族だ。

日本のメディアや多くの識者が民主化運動の指導者と崇めるアウンサンスーチー氏が
法律的な裏付けもなく「自分が最高権力者として君臨する」と宣言したそうだ。

2015.11.11 産経新聞
【ミャンマー政権交代へ】
スー・チー氏「私がすべてを決める」 権力集中の姿勢強める


それは法治国家のリーダーとしてあり得ない姿で
西欧諸国に祭り上げられ勘違いした彼女の末路は悲惨なことになるのではないだろうか。
いや、彼女は十分に脚光を浴びて良い思いもしただろうから、それでも構わない。

その姿に幻惑されて期待を寄せたミャンマーの人々が、
間違った選択の結果、悲惨な目に会わないことを祈るばかりである。