アルベルト・フジモリ、テロと闘う

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アルベルト・フジモリ、テロと闘う アルベルト・フジモリ著 岸田秀訳 中央公論新社 2002年

アルベルト・フジモリ氏(以下フジモリ氏と表記)は
南米ペルーの第91代大統領(在職:1990年7月28日 - 2000年11月17日)である。
日系二世として1938年にペルーに生まれ、農業工学や数学を修めて研究者の道を進んだ。
1989年当時、国立農業大学の学長だったフジモリ氏(51歳)は
経済の低迷と治安の悪化によりテロが横行し、破綻国家へと転落しつつあるペルーで
大きな決断をした。

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ある朝、朝食中に、私は母に大統領選に立候補する決意を告げた。母は私の湯呑みにお茶を入れながら、平静を装って、彼女独特のスペイン語と日本語のチャンポンの言葉で、政治の世界に身を委ねるとどういうことが降りかかってくるか、考えたことがあるのかと尋ねた。
 そして「ペルーは滅茶苦茶になっとるんだよ。酷いね。まったく酷い」と、付け加えた。
 「そのリスクは誰かが負わなけりゃいけないんだよ」と、私は母の気持ちを落ち着かせるようなトーンで言った。
 「危ないよ。テロリストに殺されるよ」と、母は言い張った。
 彼女はペルーの全ての国民と同じように、悪夢を見ているかのような1989年のこの国を、テロ事件の地獄絵図を、テレビが毎日のように流す政府関係者の殺人事件を見せつけられて極度の衝撃を受けていたのである。「誰かがリスクを負わなけりゃいけないんだよ」と、私は繰り返した。
 「ケンヤ。だけど、なぜ、お前が・・・・・」と、彼女は母として当然のことを尋ねた。
 何らかの公職に立候補したり、政府関係の仕事をしたりするということは遊び事ではない。誰もが責任を回避することは、取りも直さずこの国を「あいつら」に譲り渡すことになる。そうなれば残された道は次の二つしかない。すなわち、手を拱いてペルーがポルポト主義の国になるのを見過ごし、あげくの果てにこめかみに銃弾を撃ち込まれるか、あるいは、多くの人がやるように、荷物を纏めて家族とともにアメリカか日本に逃げ出すしかない。そうならないために選ばなければならない道は、私の両親を受け入れてくれた国、そして私が一人のペルー人として生まれ育ったこの国にとどまって「あいつら」と闘うという道しかない。今、ペルーでは、私の息子たち娘たちも暮らしているのである。(本書105ページより)
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インカ帝国が栄えていた16世紀にスペイン人によって征服・植民地化されたペルーでは
共和国として独立した1824年以降も、人口の約10%の白人が支配階級として国の実権を握っていた。
先住民であるインディヘナは人口の約40%を占めているのに最下層の階級に置かれ
国民としての権利も国家からの恩恵も全くといってよいほど受けられないままだった。
インディヘナとスペイン人の混血であるメスティーソ(約40%)が
白人とインディヘナの間の階級に位置付けられていた。
1980年に軍政から民政へと代わった頃から農村部で
センデロ・ルミノソとMRTAという共産主義革命を掲げる二つのテロ組織が勢力を拡大し続け
1989年には国土の半分近くが彼らの支配下となっていた。
民政における二人の大統領も国会もテロ組織の拡大に有効な手を打てずに10年が過ぎてしまったのだ。

フジモリ氏は最悪の状況にあったペルーを立て直すべく政治の世界に入り
「ペルーを救う」ことを最優先に働いた。
その過程で「国会を閉鎖し、国家非常事態宣言と戒厳令を敷く」という力業をも使った。
テロ対策、経済対策を進めるために必要な法律を速やかに作り体制を整え軍を動かす。
そのために「民主的な手続きを踏んでいる」猶予はなかった。
平和で民主的な環境に身を置く者から見れば眉をひそめるような手法を用いたかもしれない。
しかし優先すべきは何か。
ポルポト的テロ組織を制圧し一人でも多くの国民の命と暮らしを守ることだ。
フジモリ氏の方針が正しかったことはその後のペルーの状況が証明している。

本書はフジモリ氏が自身のテロとの闘いを記録したものである。

さて、フジモリ氏は現在、ペルーの刑務所に収監されている。
部下の犯した罪を「フジモリ氏の命令」と見なしたり汚職があったことなどが罪状である。

フジモリ氏はペルーにおいてそれまで白人支配階級が握っていた政権を
初めて手にした「非白人」である。
また「国家の最大の責務は国民を守ること」という大原則に基づいて
それまでは国家から見捨てられ国民扱いされていなかったインディヘナ(先住民)のために
テロリストから守りインフラを整備し小学校を建設した。
その結果インディヘナの人達が国家意識に目覚めてペルーの国力が上がる。

これを好ましく思わない勢力がある。
ペルー国内では言うまでもなく白人支配階級。
そして国外では国際金融資本家達だ。
彼らは自分達の既得権益を守るために、これ以上フジモリ氏に活躍されては困るのだ。
従ってフジモリ氏の実績を過小評価し独裁的だったと非難する。

ペルーの次期大統領選挙にフジモリ氏の長女、ケイコ・フジモリ氏が立候補した。
当初の優勢が次第に劣勢にと変わりつつある。
世界各国の「民主化」に資金をがっぽり提供する組織が
反フジモリ側を全力で支援しているのだろうと想像される。

1989年のペルーがどのような状況であったかは本書にも詳しく書かれている。
フジモリ氏が勇気と信念と高い能力を以て、ペルーを救ったと私は思う。
荷物を纏めて国外に逃げることをせず、
ペルーのために闘ったフジモリ氏は
まさしく武士である。