ペルー大統領選挙

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南米ペルーでは大統領選挙が行われている。
4月に第1回目の投票で第一位だったケイコ・フジモリ氏(アルベルト・フジモリ氏の長女)と
第二位だったペドロ・パブロ・クチンスキー氏(元首相)の決選投票が
6月5日に行われ
開票作業が進められているが、まだ決着が付いていない。

この選挙では奇妙な出来事があった。

3月10日 産経新聞
ペルー大統領選で有力候補の出馬取り消し
 4月10日実施予定のペルー大統領選で、候補者の資格審査などを行っている全国選挙審議会は9日、日系人ケイコ・フジモリ氏(40)に次いで支持率2位の元首相府官房長グスマン氏(45)の立候補資格を取り消す決定をした。ケイコ氏は日系人アルベルト・フジモリ元大統領(77)の長女。
 世論調査で3~6位につけるアクニャ前リベルタ州知事(63)の立候補も取り消され、アクニャ氏は決定を受け入れた。グスマン氏は決定を不服として特別上告する方針だが、認められる可能性は低いとみられている。大統領選は投開票1カ月前に混乱が広がっている
 グスマン氏の立候補取り消しは出身政党内での候補選出手続きの不備が理由。アクニャ氏は買収行為をしたとされる。(共同)
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もしもこんなことがなければ、クチンスキ-氏は決選投票に進めなかったのではと感じた。

元々ケイコ・フジモリ氏の支持率は40%前後で、
1回目の投票で過半数を獲得するのは無理な状況だった。
とにかく二位に入りさえすれば、後は何とかなる。

ではクチンスキ-氏とはどのような人物なのか?
ネットで検索して以下のような情報を見つけた。

ペドロパブロ クチンスキー
現代外国人名録2012の解説
国籍ペルー
専門エコノミスト;実業家
肩書ペルー首相;ファースト・ボストン・インターナショナル会長
生年月日1938
出生地リマ
学歴オックスフォード大学卒;プリンストン大学卒
経歴1961年世界銀行に入り、中南米担当のチーフエコノミストとして活躍。ペルー中央銀行専務理事、IMF主任エコノミスト、世界銀行調査部長を歴任し、ラテンアメリカ金融問題に精通した国際的エコノミストとして知られる。’80年ペルー政府のエネルギー・鉱業相に就任したが、政策路線の変更から内閣を去り、’82年ファースト・ボストン・インターナショナル会長。2000年代にはトレド政権下で経済財政相、首相を務める。2011年中道右派の国民連合から大統領選に出馬。著書に「Peruvian Democracy under Economic Stress」「中南米債務」などがある。
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学歴も経歴も彼がペルーの特権階級(白人)に属することを示しているし
世界銀行、IMFとくれば、国際主義者であることは明らかだ。
一昨日の記事にも書いたとおり
やはりアメリカ(国際金融資本)が全力で支援しているに違いない。

相手方への徹底的なネガティブキャンペーンは言うまでもなく
支援の中には、過去に世界各国でやってきたのと同様
金をばらまいての不正工作も含まれる。

開票作業でさえ工作の対象であろうから、
残念ながらケイコ氏の逆転勝利は無いと思う。
クチンスキ-氏の後ろ盾になっている勢力は強大だ。

クチンスキ-氏は奇しくもアルベルト・フジモリ氏と同い年。
1938年生まれの77歳だ。
テロリストが跋扈しペルーが破綻国家寸前だった1989年当時、彼はどこにいたのだろう?
「82年ファースト・ボストン・インターナショナル会長」とあるから
アメリカにいたのかもしれない。
そしてアルベルト・フジモリ氏が失脚した後、
「2000年代にはトレド政権下で経済財政相、首相を務め」たそうだ。

彼が大統領になった時何を目指し誰のために働くのかが想像できて
暗い気持ちになる。