元の職場のOB会

人気ブログランキングに参加しています。
↓ 一日一回、応援のクリックをお願いします!


IMG_1462s.jpg

定年退職して3年半。
以前勤めていた職場のOB会に出掛けた。

勤務したのは昭和63年からの六年半。
長男がここで生まれ、保育園児二人を抱えて無我夢中の時期だった。
今思い出してもよくやったなあと思うと同時に
あの頃が一番充実していたのかな、と懐かしくもある。

総会の後に昼食懇親会となり、26名が出席した。
OB会員だけでなく当時のパートの女性陣がたくさん来てくれて
何人かとは21年ぶりの再会だった。

自己紹介で政治活動のことを話そうと思っていたが
順番が二番目で一人目の方が氏名と旧所属しか言わなかったので
場違いな気がして一言も触れることができなかった。
それでも特に親しかった人達には
個別にチラシを見せながら話をすることができた。
WGIPを知っている方は、一人もいなかった。
チラシを作って配っていると話すと皆さんビックリされていたが
でも批判的な雰囲気は皆無。
やっぱり長い付き合いで気心が知れているのはありがたい、

今回「日本人の誇り」を10冊持参していて
持って帰るのも重いので、
「差し上げるから良かった読んで!」
と半ば強引に全部配ってしまった^^
なお、「国家の品格」は読んだという方もいたが、日本人の誇りは誰も読んでいなかった。

ささやかな広報・啓蒙活動。
できる範囲でコツコツと続けよう。

ドゥテルテ大統領はフィリピンそのもの

人気ブログランキングに参加しています。
↓ 一日一回、応援のクリックをお願いします!


DSCN1615s.jpg

10月25日から三日間、フィリピンのドゥテルテ大統領が来日した。

ドゥテルテ大統領に関しては
DHCシアターの虎八で有本香さん発の情報を早くから聞いていたので
「暴言」だとか「反米親中か?」とか評される言動の意味が理解できる。
彼は愛国者であり、フィリピン国民の思いを代表しているだけだ。

フィリピンは1565年-1898年にスペインの植民地とされ
その後1898年-1946年にはアメリカ合衆国の植民地とされた。
この年譜を見ると、アメリカがスペインから奪ったのだなと分かるが
実はこの時アメリカはスペインからの独立を餌にフィリピン人を利用して
フィリピン独立運動を起こさせた。

そしてスペインが敗退し1898年12月10日にアメリカとパリ講和条約を締結。
スペインはアメリカにフィリピンの領有権を約2000万ドルで譲渡。
アメリカ大統領ウィリアム・マッキンリーは
「フィリピン群諸島は合衆国の自由なる旗のもとに置かれなければならない」
とする声明を発表したというのだ。

独立を支援してくれていると思ったアメリカの裏切りに
フィリピン人は激しく抵抗する(米比戦争)が、
女性や子供も含む一般人までが殺され、制圧されてしまった。
フィリピン人に対する残虐きわまりない拷問が多くなされたという記録もある。
「米比戦争には12万人のアメリカ兵が投入され、
4500人のアメリカ兵の戦死者と20万人の一般のフィリピン人の死亡者を出した。」
とされる。

1900年当時のフィリピンにおいて
女子供も無差別に殺すアメリカの精神性が遺憾なく発揮されたであろうことは
米国大陸の先住民への扱いや
後の日本への都市爆撃そして原爆投下から十分に推察できる。
アメリカ人のみならず欧米白人達は
有色人種を人間とはみなしていなかったし、
今現在もその差別意識は潜在的(人によっては顕在的)に残っている。
それが高圧的な「人権の押しつけ」を生んでいるのではないだろうか。

ドゥテルテ大統領が
「あんたらに人権とか言われたくない(怒)。」
と反発するのは当然だ。
僅か100年前に、自分達の先祖は動物扱いされ殺されまくったのだ。
しかもフィリピン国民はドゥテルテ大統領を圧倒的に支持している。
麻薬の撲滅という喫緊の課題を解決するためにはそれしかないと分かっているからで
つまりは国際社会による内政干渉に当たる。
離日前に
「アメリカは我々を犬のようにあつかう」と言ったことも
何の底意もなく不思議でもない。

中国に対してであるが
フィリピンに限らず東南アジア諸国では
昔からチャイナ系の人々が華僑として広く深く社会に存在する。
チャイニーズの気質や性行は熟知しているわけで
ドゥテルテ大統領もそれを踏まえて強かにチャイナと向き合っている。

訪日に先立って訪中したことについては
駐フィリピンの中国大使がストーカーのごとくドゥテルテ大統領を追いかけ
「何とか訪日前に北京に来てちょうだい~」と懇願したのだそうだ(大高未貴さん情報)。

アメリカの裏切りと植民地支配を経験したフィリピンでは
そのアメリカをあっという間に撃退した日本への信頼と親しみが
ほとんどの国民に共有されている。
日本人が思う以上に親日国であり、その代表的人物が
ドゥテルテ大統領その人というわけ。

地上波テレビでのドゥテルテ大統領に関する論評は
余りにも的外れなものが多くて
ここで述べたようなごく簡単な歴史すら知らないことを露呈している。
「それで金を稼いでいるんなら、ちょっとは勉強しろ」
と文句の一つも言いたくなる。

沖縄県の米軍基地問題

人気ブログランキングに参加しています。
↓ 一日一回、応援のクリックをお願いします!



IMG_1456s.jpg

沖縄県には日本国内の米軍基地の75%が集中していると言われる。

これはほとんど嘘である。

米軍基地には「米軍専用基地」と「自衛隊との共用基地」があり
75%という数字は「米軍専用基地」だけに関してのものである。
「自衛隊との共用基地」も含めた全ての米軍基地についていえば
沖縄にあるのは25%である。

それでも沖縄県に25%は決して少なくない。
チャイナの脅威が及ぶ最前線であるという地政学的な現実はあるとしても
日米の合意の下に沖縄県の米軍基地の返還が進められている。

「土人」発言で一躍全国的に報じられるようになった
高江のヘリパッド建設については
反対派が暴力的な活動を展開している。
彼らの言い分は「新基地を作らせない」であるが
これは完全に嘘である。

沖縄県北部の訓練場7800haの北半分を年内に返還することが決まっている。
その区域には6カ所のヘリパッド(ヘリコプター発着場)が設置されているので
これを南半分に移設する必要があるのだ。
つまり広大な米軍基地を返還する手続きの一環としての工事であって
これが完成しなければ北部訓練場の北半分は返還されない。

地元の方々は、工事が完了して土地が返還されることを歓迎している。
ところが外部(県外どころか海外まで)から流入した反対派市民(実は活動家)が
法律を犯すことも構わずに混乱を生じさせている。

反対派の目的は米軍基地の返還ではない。
彼らの目的は「日米同盟の毀損」であり反日であり
そのために基地返還を阻止することである。

彼らはかつての成田闘争を主導した革マル派や中核派に連なる勢力であると
公安当局からの情報も公開されている。
メディアは「反対派の市民」と報じるがその実態は「反日活動家」であり
極めて暴力的な集団なのだ。


普天間飛行場の移設についても構図は完全に同じである。
移設先の辺野古にはすでに米軍基地があり
その海上に滑走路を建設するのだから
「新基地を作らせない」という反対派の主張は当たらない。
辺野古でも地元住民は滑走路の建設に賛成の立場だ。

普天間飛行場を移設し、危険性の除去と土地の返還を実現する。
沖縄県にとっては大きなメリットになる。

繰り返しになるが、
沖縄県で基地問題に関して混乱を生じさせている「反対派」は
沖縄県の発展や県民の幸福には全く関心が無く
イデオロギー闘争を展開しているに過ぎない。

日本政府は無法地帯となりつつある現場で
なんとしても毅然とした対応を取って欲しい。

そして、この現実を隠蔽する偏向メディアには強い憤りを覚える。