オバマ氏に売られた喧嘩を買わなかったプーチン氏

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12月21日の記事で
ロシアとトルコの仲を裂きたい勢力について書いた。

任地での大使の暗殺は、両国間の戦争に繋がりかねない深刻な事件だが
今回のロシア大使暗殺に関して
2016年12月 21日のロイターの記事
コラム:大使殺害に「共通の仮想敵」、絆強めるロシアとトルコ
によると
トルコ国営メディアは既に米中央情報局(CIA)の関与を指摘しているという。

それに対して米国政府からの反論は見当たらないし
過去の事例からもCIAの関与はいかにもありそうなことだ。

さて、そのCIAの調査結果として
「先の大統領選挙においてロシア政府がサイバー攻撃を仕掛けて
トランプ陣営が有利になるような工作をしたことが分かった」
と、12月10日になって報道された。
既に選挙戦が終了して1ヶ月も経っている。

オバマ政権はこれを根拠に
ロシア政府による米大統領選へのサイバー攻撃で米国の国益が害されていることへの報復として、
米国で外交官の身分で駐在するロシア情報機関員35人の国外退去処分や、
ロシアが諜報関連活動に使っているとするニューヨーク、メリーランド両州にある
計2カ所の施設の閉鎖などの新たな制裁を実施した。

ロシア政府はこの制裁に強く抗議し、対抗措置を取るとしていたが
対抗制裁を見送るという極めて冷静な決定を下した。
来年1月20日に発足するトランプ新政権により米露関係が改善することはほぼ確定している。
それを妨害したい米国内の勢力とその意向に沿ったオバマ政権の
最後の悪足掻きであると判断したわけだ。

オバマ氏は無理筋の喧嘩を売って、プーチン氏に軽くいなされた。
世界中に「格の違い」を示した形で
まさに赤っ恥である。

来年以降、世界の情勢はますます大きく変わっていく。
気を引き締めて、自分に出来ることを続けていくつもりだ。

ーーーーーー
2016.12.30 産経新聞
ロシア情報機関員35人を退去処分に 米、サイバー攻撃へ制裁措置
 【ワシントン=加納宏幸】オバマ米大統領は29日、ロシア政府による米大統領選へのサイバー攻撃で米国の国益が害されていることへの報復として、米国で外交官の身分で駐在するロシア情報機関員35人の国外退去処分や、ロシアが諜報関連活動に使っているとするニューヨーク、メリーランド両州にある計2カ所の施設の閉鎖などの新たな制裁を実施した。
 ワシントンのロシア大使館などで勤務する35人を同時に「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)として国外退去を求めるのは極めて異例で、ロシアとの関係改善を主張するトランプ次期大統領の就任を前にオバマ氏として大統領選への干渉に強い決意を示した。米メディアによると、ロシア政府はプーチン大統領が報復措置を命じると発表。米露関係のさらなる悪化は必至だ。
 オバマ氏は29日に発表した声明で、サイバー攻撃はロシアの「最高位」の指示に基づくものとし、プーチン氏が関与していたとの認識を重ねて表明。今回の制裁実施は「ロシア政府が確立された国際的な行動規範に反する行動をしたことで米国の利益が害されたことに対する必要で適切な反応」であるとした。
 このほか、大統領令により露情報機関の連邦保安局(FSB)、露軍参謀本部情報総局(GRU)、GRUに協力していた3社の計5団体とGRUの情報当局者4人について、米国の選挙に干渉するためのサイバー攻撃に関わったとして制裁対象に指定。米財務省もロシア人2人が個人情報の不正取得に関わったなどとして制裁対象に指定した。
 オバマ氏は声明で、制裁は今回の措置にとどまらないと強調。米国の同盟国や友好国に対しても協力してロシアのサイバー攻撃に対抗するよう求めた。

ーーーーー
2016/12/30 22:17 日本経済新聞
ロシア、報復措置見送り 米次期政権にらみ沈静化狙う
 【モスクワ=田中孝幸】ロシアのプーチン政権は米大統領選中のサイバー攻撃を理由とした米国の対ロ制裁に反発する一方、対抗制裁を見送った。この問題を巡る対立を早期に沈静化させ、ロシアとの関係改善を目指すトランプ次期米大統領の外交政策への影響を最小限に抑えたい思惑だ。
 プーチン大統領は30日、米国への対抗制裁発動見送りに関し「制裁は(オバマ政権の)挑発だ。我々は無責任な外交のレベルまで下りてはいかない」と説明。「トランプ政権の政策に沿って米ロ関係改善のための措置をとる」とも述べ、オバマ政権を相手にしない姿勢を示した。プーチン氏は30日、トランプ氏に米ロ協力復活を呼び掛ける新年のメッセージを送った。
 ロシア政府はいったん同国に駐在する米外交官の国外追放を柱とする対抗制裁案をまとめていた。ただ政権内では「トランプ氏の反応を見極める必要がある」(上院有力議員)との慎重論もあった。制裁を辞さない構えを見せたうえで発動を見送ることによって国内世論とトランプ氏の双方に配慮した形だ。
 プーチン政権は米国内で広がる反ロ感情に神経をとがらせている。予算編成など強い権限がある米議会内では、もともとプーチン政権への強硬論が根強い。さらにロシアへの反発が強まれば、トランプ氏の対ロ融和路線も頓挫しかねない。
 ロシア国際問題評議会のアンドレイ・コルトゥノフ会長は「オバマ政権による対ロ制裁により、トランプ政権にとってロシアとの関係改善がより困難になった」と指摘。国際テロ対策での米ロ協力にも悪影響が出るとの見方を示した。

ーーーーー
2016年12月10日 13:48 AFP通信 発信地:ワシントンD.C./米国
CIA調査「トランプ氏勝利のため露が大統領選に干渉」
【12月10日 AFP】米紙ワシントン・ポスト(Washington Post)は9日、米当局者の話として、米中央情報局(CIA)の秘密調査により、ロシアが先月の米大統領選でドナルド・トランプ(Donald Trump)氏を勝利させるため干渉していたことが分かったと報じた。
 同紙によると、ロシア政府とつながりのある複数の個人が、民主党全国委員会(DNC)や民主党候補だったヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)氏陣営の選対本部長らからハッキングで盗み取った電子メールを内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」に渡していた。
 同紙はまた、米政府高官が先週、有力な上院議員に説明した際「政府の情報機関はロシアの目的は特定の候補者を他の候補者よりも有利にすること、トランプ氏の当選を支援することだったと評価している」「これが一致した見解だ」と述べたと伝えた。
 関係者らがワシントン・ポストに語ったところによると、CIA職員らは議員らに対し、ロシアの目的がトランプ氏を当選させることだったのは「明白」で、複数の情報源からその証拠が集まってきていると話したという。
 しかしいくつかの疑問点が残っている上、CIAの調査は全17の情報機関が出す米国の公式な調査とするには不十分だとワシントン・ポストは伝えている。

映画鑑賞「うさぎ追いし 山際勝三郎物語」

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夫に誘われて久しぶりに映画を見に行った。
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うさぎ追いし 山際勝三郎物語

作品紹介
近年、物理・化学・医学分野における日本人の功績はめざましく、世界的な賞であるノーベル賞を一度に複数人が受賞することも珍しくはなくなった。
100年以上の歴史を持つ同賞を日本人が初めて受賞したのは、今から60年以上前にさかのぼる。
しかし、それよりもさらに20年以上も前に、ノーベル賞受賞に値する画期的な研究成果をあげた人物がいた――それが、山極勝三郎である。
勝三郎は、世界で初めて人工的な癌の発生実験に成功し、その発生原因と治療法の解明に道を拓いた。
後年、数度にわたりノーベル賞の候補にも推薦され受賞には至らなかったものの、その研究業績は数多くの医学関係者に脈々と受け継がれている。
2人に1人は癌患者と言われ、その患者数は年間90万人を超えるという現在の日本。
今日まで続く癌との闘いに、勝三郎の研究成果がいかに大いなる影響をもたらしているかは計り知れない。
しかし、このような偉大な功績を残した勝三郎についてそう広くは知られていないのもまた現実だ。

本作は、知る人ぞ知る偉人・山極勝三郎の生涯を忠実に描きだした初めての劇映画である。
長野県上田市で生まれ育ち、わずか16歳で上京、他家へ婿養子入り。
病を患いながらも癌研究を成功へと導き、67年間で閉じたその人生は、妻・かね子の献身的な存在と郷里上田への愛に支えられていたといって過言ではない。
その一人の男の壮大なる生きざまを体現するにあたって、日本が誇る最高の役者陣が集結した。山極勝三郎に扮したのは、いまやその姿を見ない日はないほどの大人気実力派俳優・遠藤憲一。
学生時代~晩年までの40年間あまりを圧倒的な存在感で演じきった。
また、勝三郎の傍に寄り添い続けた妻・かね子を演じたのは水野真紀。勝三郎の良き理解者であった親友・滋次郎には豊原功補。
勝三郎とともに研究を成功へと導いた助手・市川には岡部尚、勝三郎の娘(晩年)・梅子には高橋惠子、勝三郎の恩師・三浦には北大路欣也。
死へ至る病・癌との闘いを一方に据えつつ、もう一方では勝三郎を取り巻く師弟愛や家族愛、友情、また生まれ育った信州上田への郷土愛を描き、生きることの喜びや豊かさに胸が熱くなる珠玉の1作がここに誕生した。
ーーーーー

上記の作品説明の通りの映画であった。
千曲川や別所線、信大繊維学部など見慣れた風景が随所に出てきて
とても楽しく見ることが出来た。
観客は私たちと同世代の方がほとんど。
上映は一日一回18:40~20:40だった。


映画の中でノーベル生理学・医学賞を逃したエピソードが取り上げられている。
実は山際勝三郎の時代、
医学生理学分野には世界レベルの日本人研究者達がきら星のごとく存在した。
まさにノーベル賞にふさわしい業績が目白押しだったのだ。
しかし日本人の受賞者は一人も出なかった。

1919年2月、第1次世界大戦後のパリ講和会議で
日本が国際連盟規約に人種差別撤廃条項を盛り込むよう提案したが
議長であったウィルソン米国大統領の強引な反対によって実現しなかった。
当時はそのような、白人優越が絶対の世界だったということだ。

我が国の自然科学研究が
明治大正の時代から既に世界の最高レベルにあったことを確認するために
以下、いくつかの例を挙げておく。

北里 柴三郎(1853 - 1931年) 1890年(明治23年)、破傷風菌抗毒素を発見し、さらに血清療法という、菌体を少量ずつ動物に注射しながら血清中に抗体を生み出す画期的な手法を開発。1894年(明治27年)、ペストの蔓延していた香港に政府より派遣され、病原菌であるペスト菌を世界で初めて発見。

高峰 譲吉(1854 - 1922年) 1894年(明治27年)、タカジアスターゼ(強力なデンプン分解酵素)の発見、医薬品として商品化。1900年(明治33年)、アドレナリンの発見(結晶化の成功)。これは人類が初めて生命体から取り出した「ホルモン」。

山極 勝三郎(1863 - 1930年) 1915年(大正4年)、世界ではじめて化学物質による人工癌の発生に成功。ひたすらウサギの耳にコールタールを塗擦し続けるという地道な実験を3年以上に渡って行い、人工癌の発生に成功。

鈴木 梅太郎(1874 - 1943年) 米糠を脚気の予防に使えることを発見。1911年(明治44年)オリザニン(後のビタミンB1)を発見。ビタミンという概念を明確に提示。1912年(明治45年)オリザニンを結晶として抽出。

野口 英世(1876年 - 1928年) 黄熱病や梅毒等の研究で知られる。1900年(明治33年)蛇毒の血清学的研究。1913年(大正2年)進行性麻痺・脊髄癆が梅毒の進行例であることを証明。数々の論文を発表し、ノーベル生理学・医学賞の候補に三度名前が挙がった。

再び朝日新聞の取材を受けた

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11月24日に自民党本部で話をした朝日新聞社会部のI記者から
そのメールが届いたのは12月16日17:01。
野次馬ツアーから帰る途中のことだった。

青山繁晴さんを支持する理由や経緯について
改めて話を聞きたいという。
夫の了解も得て、取材を受けることにした。

12月20日。
別件で午後に長野市まで行くというI記者と
10:00過ぎに駅前のカフェで待ち合わせた。

青山さんを知った切っ掛け、支持する理由などから始まり
7月の参院選で東京まで演説を聴きに行ったこととか
貰ってきたポスターを自宅のフェンスに張ったこととか
当選が危ういと聞いて子供達や友人に投票を頼み
ご近所にも一軒だけお願いに行ったこととか
実際の行動についての話をたくさんした。

ブログ(分室の方)の挨拶文と配布チラシを
プリントアウトして渡したので
私の動機とか目的なども、かなり具体的に理解してもらえたと思う。

約1時間20分ほど話をして、長野市へ向かうI記者と駅で別れた。
記事が掲載されるのは1月になってからの予定で
日が決まったら連絡をくれるそうだ。

あれこれ話した中の、どれだけが記事に使われるのか。
また記事がどういうスタンスでまとめられるのか。
袖すり合うも多生の縁。
朝日新聞の良き部分が発揮されることを、楽しみに待ちたい。

ロシアとトルコの仲を裂きたい勢力

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昨日(12月20日)の朝、起きてネットをチェックし
駐トルコ・ロシア大使が射殺された事件を知った。

昨年11月にトルコ軍によるロシア軍戦闘機撃墜事件が起きた。
あの時、
撃墜がエルドアン大統領の了解の下になされたのか否かはっきりしなかった。
今年になってエルドアン大統領がプーチン大統領に謝罪して
トルコとロシアの関係が改善された。

すると直後にトルコで軍のクーデター未遂事件が発生。
これでロシア軍機撃墜がエルドアン大統領の意思に反するものだったことが明確になった。
その後もトルコ国内でテロが続き
とうとうロシア大使が殺害された。

一連の流れはロシアとトルコの仲を裂きたい勢力の存在を示している。
トルコはNATO加盟国であるから、
トルコとロシアの武力衝突はそのままNATOとロシアの武力衝突に直結する。
それは第3次世界大戦へと繋がる可能性が高い。
ロシアを追い込んで、プーチン大統領を追い込んで、世界大戦を起こしたい勢力が
トルコにおいて様々な工作活動を繰り広げていると見れば
昨年からの流れがよく理解できる。

12月15日長門市での日露首脳会談にプーチン大統領が遅刻したのは
エルドアン大統領とシリア問題について電話会談をしていたため。
シリア問題を解決できるのはプーチン大統領とエルドアン大統領の二人だ。
両大統領の結束は固く、
中東の和平を妨げようとする「共通の敵」をはっきりと認識しているに違いない。

12月20日 産経新聞
駐トルコ・ロシア大使が銃撃を受け死亡  犯人は「テロリスト」と露メディア
 【モスクワ=黒川信雄】インタファクス通信などによると、トルコの首都アンカラで19日、駐トルコ・ロシア大使が銃撃を受け、死亡した。複数の負傷者がいるという。
 ロシアの国営テレビは現地からの情報として、大使が展示会で演説を終えた後、背後から銃撃されたと伝えている。露外務省によると、大使は病院に搬送されたが、その後死亡した。
 露国営メディアは犯人を「テロリスト」だとし、すでに殺害されたと伝えている。犯人像は不明。プーチン露大統領が事件について報告を受けているという。
 ロシア・トルコ間をめぐっては、シリア情勢でロシアがアサド政権軍を支援する一方、トルコは反体制派を支持しており、立場が対立している。
 ただシリア政権軍が要衝アレッポを制圧するなど、露側の優勢が指摘されるなか、14日にはロシア・トルコ両首脳が電話会談し、カザフスタンでのシリア問題をめぐる和平協議を開催する方針などで一致していた。

日露首脳会談の最大の成果

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今回の日露首脳会談について
多くのマスメディアは「日本の負け、ロシアの勝ち」
という論調で報じているが
私はそうは思わない。

島が帰ってくるかどうかに焦点を絞ってしまっては
過去71年間を今後もそのまま続けることになる。
だから私は安倍総理の新しいアプローチを支持する。

日本にとって、今回の最大の成果は
産経新聞の阿比留記者の質問に答えて
プーチン大統領が「一番重要なのは平和条約の締結である」と
明言したことではないかと、私は思う。
発言の最後の部分は、
12月10日の記事(私が考える「プーチン氏の目指す日露関係」)と一致する。
私の考えが正鵠を射ていたということで、かなり嬉しい^^

以下に関係部分のプーチン大統領の発言を転載する。
赤字は私が施した。

12月16日 産経新聞
プーチン大統領「一番大事なのは平和条約の締結だ」
阿比留記者:
プーチン大統領にうかがう。
今回の山口、東京での会談を通じて、大統領にとって政治分野、経済分野のそれぞれの最大の成果は何であったか。
共同経済活動をどのように平和条約締結に結びつけていくのか。
平和条約締結に関しては、先日の日本メディアとのインタビューで「われわれのパートナーの柔軟性にかかわっている」とも述べた。かつては「引き分け」という表現も使った。
大統領の主張は後退しているような印象があるが、日本に柔軟性を求めるのであれば、ロシア側はどんな柔軟性を示すのか。

プーチン大統領:
その質問に満足に答えるためには、まずとても短く歴史の問題に触れる必要があります。

日本はまず、1855年にその島々を受け取った。プチャーチン提督がロシア政府と皇帝の合意のもとづき、これらの島々を日本の施政下に引き渡した。それまでは、ロシア側はクリル諸島はロシアの航海者によって発見されたため自国の領土と認識していました。
条約を締結するためロシアはクリル諸島を日本に引き渡しました。ちょうど50年たって、日本はその島だけでは満足できないように思うようになった。
1905年の日露戦争のあとに、戦争の結果としてサハリンの半分を取得しました。あの時、国境は北緯50度の線で決められたのちに日本はサハリンの北半分も獲得しました。
ちなみにポーツマス条約のおかけでその領土からロシア国民を追放する権利もありました。40年後の1945年の戦争の後にソ連はサハリンを取り戻しただけでなく南クリル諸島も手に入れることができました。

昨日、非常に感動的な元島民の方々のお手紙を読ませていただきましたけれども、私たちの考えでは、このように領土をめぐる(主張を繰り返す)「歴史のピンポン」、卓球のように球をやり取りするようなことはもうやめた方がよいのではないかと思います。結局のところ最終的で、長期的な解決が日本とロシアの利益であることを理解すべきなのです。

もちろん、多くの課題ははあります。まず経済活動の問題もありますし、安全保障の問題もあります。1956(昭和31)年に、ソ連と日本はこの問題の解決に向けて歩み寄っていき、「56年宣言」(日ソ共同宣言)を調印し、批准しました。
この歴史的事実は皆さん知っていることですが、このとき、この地域に関心を持つ米国の当時のダレス国務長官が日本を脅迫したわけです。もし日本が米国の利益を損なうようなことをすれば、沖縄は完全に米国の一部となるという趣旨のことを言ったわけです。

私がなぜこのようなことをお話しするのか。私たちは地域内のすべての国家に対して敬意をもって接するべきであり、それは米国の利益に対しても同様です。これは明白なことです。
例えば、ロシアには(極東)ウラジオストクと、その北に大きな艦隊の基地があります。わが国の艦船は(その港から)太平洋に出ていく。私たちはこの面で何が起こるかということを理解しなければなりません。
この点において、日米の特殊な関係と、日米安保条約がどのような立場を取るのか。私たちは分かりません。
柔軟性ということについて言うならば、日本の首相および友人の皆さんには、この問題の微妙な部分、またロシア側の懸念の部分を考慮してもらいたいと思います。

私たちは「56年宣言」(日ソ共同宣言)に基礎を置く方針に戻りました。
この宣言は日本に2つの島を引き渡すという内容になっていますが、どのような形で引き渡すかは明解に定義されていません。
ただし、平和条約の締結の後に島を引き渡すとなっています。
この宣言のなかには非常に多くのニュアンスや課題が存在しています。しかし、この地域に関係するすべての人々のために、私たちはプロフェッショナルとして、友好的な気持ちをもって最終目標に向けて動かなければなりません

最初も申し上げましたが、もし安倍首相の計画が実現していけば、これらの島々はロシアと日本の「争いの種」ではなく、逆にロシアと日本を結びつける存在になりうる可能性がある。
首相からご提案いただいた項目、つまり、共同経済活動のための特別な制度をつくる、相互協力メカニズムをつくり、それを基盤にして、私たちが最終的な平和条約に向けての最終的な決定に近づくことができる形に持っていくことが大事なんです。

もし誰かが、私たち(ロシア側)が経済関係の発展だけに関心があり、平和条約の締結を二次的なものだと考えているというのであれば、それは間違いです。私たちにとって一番大事なのは平和条約の締結なのです。
なぜかと申しますと、平和条約は、歴史的な、中長期的な見通しの中で、長期的な互恵関係のための条件を生み出すからです。これはあの島での活動よりももっと重要です。
日本はロシアと緊密な関係をしなくても、存続してきたわけです。ロシアもそうです。ただし、それは正しいでしょうか。いいえ、そうではありません。
もし、私たちが力を合わせれば、私たちは両国の経済の競争力を数倍に拡張していくことができる。これが、私たちの目指すべきことです。
ーーーーー

領土問題は安全保障の問題

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昨夜の民放テレビ。
日露首脳会談の記者会見でプーチン大統領が質問に答えて
「領土問題は安全保障の問題である。
1956年に日ソ平和条約締結に向けた動きを妨害したのはアメリカ。
日ソ平和条約に調印すれば沖縄は永遠に返還しないと言った。
今現在は日米安保条約が存在する。」
という趣旨のことを述べたシーンが写し出された。

モデル出身という女性キャスターが
「いきなり日米安保が出てきてビックリしましたよ~」
と言うのを聞き、
私の方こそビックリした。
そんなことも知らないでキャスターやってんのかって。

北方領土交渉においてロシア側の最大の懸念は
自国の安全保障が損なわれないかという点、
島の主権を日本に渡したらそこに在日米軍が展開する可能性がある点だと、
青山繁晴氏が虎ノ門ニュースで解説していた。
ロシアの立場で考えれば、確かにそれが一番重要だろう。

しかしテレビに出てくるコメンテーターもキャスターも
何故かそこには全く触れない。

北方領土を取り返せない根本原因も結局のところ「日本国憲法」なのだ。
自分の国は自分で守るという当たり前のことができていれば
日米同盟も自ずから限定的なものになるし
北方領土交渉は純粋に日露二国間だけで進めることができる。

病気の根本原因を治療しなければいくら対症療法を繰り返しても病は治らない。
根本原因は日本国憲法の前文と第九条。

北朝鮮拉致被害者を取り返せないのも、北方領土を取り返せないのも
日本国憲法、特に第九条2項のせいだという事実を、
広げていかなくてはならない。

もうひとつメディアに出てこない話。
馬淵睦夫氏によると
ロシア側にも食い逃げ論、つまり
「北方領土を返してしまったら、もう日本は経済協力などしないのでは?」
という危惧があるそうだ。

安倍総理が
「お互いに信用できないと言いあっていては
いつまで経っても解決できない。」
と話していたが、私もその通りだと思う。

「日露首脳会談」野次馬ツアー その3(最終)

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平成28年12月16日(金)
6:30 携帯のアラームが鳴って目が覚めた。

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7:00 朝食。コンロの上は右がベーコンエッグで左が湯豆腐。しっかり頂く。

お給仕の方が衝立の向こうの団体客に
「長い間ご苦労様でした。」と声を掛けていた。
聞くと地元山口県警の皆さんで、10日前からずっと泊まり込みだったのだそうだ。
事前に隈無く危険物等の有無をチェックして
パトロールのコースや警備の場所、人員配置を決めるなど
やることは山にの様にあっただろう。

部屋に戻り荷物をまとめて
8:30 チェックアウト。ザック以外の荷物はフロントで預かってもらった。

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8:59 別邸の入り口付近が慌ただしく、簡易レインコートの人の列が見える。

間もなく安倍総理ご一行の車列が門を出てきて、国道を宇部方面に走り去った。

今日も昨日と同じ場所からの見送りになる。

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信号を渡らず国道を歩いて四ノ瀬踏切まで。
途中で産経新聞のカメラマンの方と一緒になった。
「産経新聞読んでますよ!」

9:15 昨日の空き地に到着。
一般人は他に福岡から来たというご夫婦だけ。
警備の方から、何時になるか分からないと聞いて
「まだチェックアウトしていないから」と宿に電話していたが
その後宿に帰っていった。
出直すかと思ったらそれっきり戻ってこず
なんと一般人は私だけになってしまった。

雪が傘に積もって重くなるので時々ばさばさとふるい落とした。
警察官の方達の帽子にも重い湿った雪が積もっていく。
現場担当の山口県警長府署Tさんは話し上手な好青年で
プーチン待ちの間、世間話が弾んで楽しかった。

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10:22 報道は4チーム8名。警察の方は10名前後。
私一人のためにすみませんねぇ~(笑)

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雪で足下はぐちゃぐちゃだが、明るいから昨日よりはマシだ。

車の通行が両方向とも途絶えて、パトカーが一台通り過ぎる。
静かだ。
またもう一台パトカーが走り去る。
そろそろかな、と思ったところで、左手遠くに車列が見えてきた。
傘を畳み、両手の国旗を頭上高く掲げて振った。
大統領専用車がはっきりと識別できたので気持ちを込めて旗を振り続けた。
今日は向こうからも見えたんじゃないかな?
見えたはずと思うことにしよう。

10:35 プーチン氏は山口宇部空港へと去っていった。
ほっとする間もなく、その場にいた報道4チームに取り囲まれた(汗)。
なんせ、他には一般人がいないんだから
このおばさんしか、彼らには選択肢がないわけだ。

質問は昨日とほぼ同じ。
何回も繰り返しているからすっかり取材慣れして
流ちょうに受け答えをする私^^

ホテルへの帰り道では警察の方達とすれ違うたびに
「お疲れ様でした!ありがとうございました!」と
大きな声で挨拶して感謝の気持ちを伝えた。
30回くらいは挨拶したと思う。

昨日のお店(A食品さん)に寄って、ご挨拶していたら
外を通った地元テレビが取材させてほしいと言う。
勿論いいですよ~
どんな感じで旗を振ったかやってみてくれませんかというから
しっかり振って見せてあげた。

11:00 ホテルに戻り、預けた荷物を受け取って荷造りし直す。
ホテルの方がロビーの照明とストーブを点け
「よかったら使ってくださいね」
とお盆にタオルを10枚くらい載せて持ってきてくれた。
使わなかったけれど、気持ちが本当に嬉しかった。

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11:25 ホテルを出て長門湯本駅へと歩く。

11:40 駅に着くと警察官が4人待機していた。
聞こえてきた話では山口県警は1500名、他県から2600名が応援に来たそうだ。

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9:30の長門市行きと10:04の厚狭行きは運休だった。ずっと踏切にいたのだから分かる。
一昨日長門市駅で運休の可能性という貼り紙を見たときはまさかと思ったが
本当に電車止めちゃったんだね。

予定の12:11は来るのかなあ?
すると警察官の方がわざわざ長門市駅に電話で問い合わせて
予定通り運行すると教えてくれた。

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霰のような雪が強まったり弱まったりを繰り返す。

12:11 美祢線厚狭行きに乗車

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12:14 先ほどまでいた四ノ瀬踏切横の空き地。お疲れ様でした。

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12:21 沿線の竹や木が雪の重みで垂れ下がり、時々車体に当たる。

13:07 厚狭着
乗り継ぎの間に駅蕎麦でもと思って駅員さんに聞く。
定食屋さんならあるというので改札を出てお店に入った。

「43分に乗るんですが、さっと食べられるものって何か作れますか?」
「ラーメンでしたら。」
「じゃあラーメンお願いします!」
トイレを借りて席に戻ると店員さんが
「先にお会計済ませますか?」
気が利くなあ♪

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13:18 ラーメン650円。まさに五臓六腑に染み渡る美味しさだった。

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13:32

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13:43 山陽本線普通電車岩国行きに乗車
14:18 新山口着
14:45 さくら556に乗車
16:42 新大阪
17:16 ひかり530に乗車
18:25 名古屋着
18:40 特急しなの23号に乗車
しなのは10分遅れて
21:44 長野着
乗り換え時間2分、しかも大荷物では厳しすぎだったが
21:46 はくたか578
21:58 最寄り駅着
22:10 帰宅

三泊四日の「日露首脳会談」野次馬ツアーは無事終了♪

「日露首脳会談」野次馬ツアー その2

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平成28年12月15日(木)
5:10に目が覚めて、うとうとしているとアラームが鳴った。
6:30 起床
雨が上がって、少し青空も見えている。
天気予報では正午前後に雨で、その他は曇り。気温は低め。

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部屋からは美祢線の電車が通るのが見える。

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7:00 朝食
今日の昼と晩は粗末な食事になりそうなのでしっかり食べる。
おかわり自由のご飯をちょっともらって、大きめのお握り一個作る。

大広間を区切った向こう側は28名の団体様。
NHKかな?

部屋に戻り、今日の作戦を立てる。
現時点でわかっているのは
「プーチン氏は山口宇部空港から車で現地入りで到着は午後」
ということ。
すると国道136号を南から来ると予想される。
プーチン氏が到着する前に安倍総理は大谷山荘に入るだろう。
それは昼食前か後か。

8:45 偵察に出掛ける。
大谷山荘の正門の橋のところで、警備の方に
「一般の者ですが、どの辺りで出迎えられますか?」
すると
「奉迎の方にはまとまって決まった場所に入って頂くのですが、
ここではちょっと分かりません。」
とのこと。
鳥取県警の方だった。
まだ時間はたっぷりあるのでさらに先へと歩いて
信号のところでまた聞いてみた。
今度は島根県警の方。

市役所が事前に奉迎者を取りまとめて身元確認やボディーチェックをするそうで
免許証を見せてお願いしたら
今からでもそこに入れるのか、無線で問い合わせてくれた。
「少し待ってもらってもいいですか?」
「ええ、全然大丈夫です!」

で島根県警のFさんと四方山話をしながら15分ほどその場所で待った。
雨が降り始めて傘をさす。
ようやく来た回答では厳格にチェックした上で奉迎者を決めたようで
いまからでは無理ということだった。
そして一般の人にはさらに離れた場所を用意してあるという。

どんどん酷くなる雨の中、信号を渡って教えられた方角へと歩いた。
5分歩いた四つ辻に係の警察官がいて丁寧に教えてくれた。
状況がほぼ分かったので、ホテルに戻って午後に出直すことにした。
来た道を歩いて戻る途中、商店の前に置かれたみかんが目に止まった。
繊維質が何も無いから、ちょうどいいや♪

「甘くて美味しいよ。」とお店のおじさん。
他にも何かないかしらと見ていたら
「どちらから?」とお店の奥さん。
生プーチン氏が見たくて上田から来たことなど、お話しした。
奥さん達も地区でまとまって迎えに出るとのことで
「今からでもメンバーに入れてもらえるかもしれないから、1時にここにおいで。」
と言ってくれた♪

10:00過ぎに部屋に戻り、みかん(すっごく美味しい♪)をぱくつきながら
テレビとネットをチェック。
10:24のNHKニュースによると、
モスクワ出発が2時間遅れてプーチン氏到着は夕方になるという。
最初から波乱含みだ(汗)。

昼のテレビでは
11時半頃に安倍総理が山口宇部空港に到着した映像が流れていた。

昨日長門市駅近くの7-11で買ったサンドイッチと肉まんで早めの昼食。
肉まんは湯煎で温めた。

フリースの上着(昨年の大雪登山の時にモンベルで買ったもの)に
ゴアテックスのカッパ(上下)を着込み、冬用のウォーキングシューズを履く。

12:45 部屋を出て先ほどのお店に行った。

つい5分前に安倍さんが到着したと聞いて
ああ、もうちょっと早く出てくれば良かったと思ったものの後の祭り。
そして奉迎の集合が4時に変更になったという。

「それまでここで待っていたらいいよ~」
と椅子を出してきてくれたのでお言葉に甘える。
世間話から始まり、プーチン氏がどれだかすごいかなど政治の話題に発展し
その流れで少しだけ持っていたチラシと名刺を渡した。

長門湯本に星野リゾートが来ることになり、再開発が決まったそうだ。
永く地元の方達が育ててきたものや、ひなびた雰囲気こそが値打ちと思うのだが。

15:30 集合場所の健康保健センターまで車で一緒に行く。
市役所の方に事情を話してお願いしてみたが
申し訳なさそうに断られた。
まあ、それはそうでしょうね。
逆の立場だったらと考えれば、断られるのが当然だ。

体育館にはゲート式の金属探知機が数台設置されていた。
携帯電話もカメラも持って行けない。

奥さんが車を出して元の場所まで送ってくれた。
お世話を掛けてしまって、申し訳なかった。

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15:51 ますます警備陣が増えている。

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報道の車もびっしり。

注意されるまでこの辺にいようと様子を見ながら立っていたら
テレビや新聞から取材攻勢(笑)を掛けられた。
日露の国旗を持っていたためだろう。

Q:どちらから?いつからここに?目的は?
A:プーチンさんと安倍さんのファンなので。
Q:プーチンさんのどこがいいのか?
A:ソ連崩壊後のロシアを惨状から立て直し救った。卓越した愛国者・指導者だから。
Q:今回の首脳会談に何を期待するか?
A:日露友好が永く続くことが双方の国益にとっていいことだと思うので
 友好協力関係を強めて発展させる方向に進むことを期待している。
Q:北方領土問題については?
A:プーチン・安倍の二人だけで決められるならすぐに解決すると思うが、
 日露双方とも独裁国家ではないので時間が掛かるだろう。
 しかし二人が必ず解決してくれると思っている。

とてもメディアが期待する答えとは思えないから、きっと没だね^^;;

大谷山荘の橋の向こう側に地区からの奉迎者が並び始めたようなので
そこに紛れ込もうと軽くトライしたが
速攻で優しく女性警察官に排除された。
奉迎者の皆さんの胸にはチェック済みのステッカーが貼られていて
それが目印になっていた。
あのステッカーなら偽造できたかも。

先の信号を渡って7分歩いて、四ノ瀬(しのせ)踏切脇の空き地に到着。

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16:32 私の出で立ち^^ 写真の中央左寄り、一段高い所に見える建物が大谷山荘。

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16:52 指定場所から国道までは70mくらいか。遠いなあ・・・

近くで待っていた人が、スマホのニュースで空港へのプーチン氏着陸を教えてくれた。
でもその人は今夜の宿が下関で、ここまででタイムオーバー、撤退していった。

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17:04 どこかで見た顔だ。

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17:27 待っているのは約20人。雨は止まず日は暮れて・・・

う~~、お腹空いた~とつぶやいたら
隣の青年が「エネルギー補給に」とチョコレートを分けてくれた♪
どうもありがとう!美味しかったです!

18:00 真っ暗になった中、遂にプーチン氏ご一行が到着。
通り過ぎてから小旗を立てたリムジンが確認できた。あそこに乗っているのだろうな。
日露国旗を振ってみたけれど見えるはずもない。
随分待たされたけれど、でも無事に着いてほっとした。

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18:19 帰りは河原の遊歩道を通らされた。大谷山荘ではすでに首脳会談が始まっている。

18:30 部屋に戻った。

あ~冷えた~、疲れた~
風呂が先か、それとも飯か?
暖かいものをお腹に入れることを優先して、カレーヌードルを作った。
う~~~、旨っ!
残り汁に少し熱湯を足し、朝食時に作ったお握りのご飯を投入。
ミカンも食べてお腹が満たされた。

テレビのニュースを見てから
19:30 入浴

温泉で生き返って、就寝。
両首脳はまだ会談しているんだろうなぁ。
二人とも頑張ってね・・・zzz

「日露首脳会談」野次馬ツアー その1

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12月13日(火)は朝7;00に家を出て、新幹線と在来線を乗り継ぎ、下関泊。

12月14日(水)は山陰本線を乗り継いで萩まで行き、観光後に長門市まで戻り現地に入る。
5:30 起床
6:20 チェックアウト。外はまだ真っ暗だ。

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6:42 下関発 山陰本線滝部行き
車内で熱い紅茶と菓子パンの朝食を取る。

7:56 滝部着。ザーザー降りだ。
8:15 滝部発
9:05 長門市着
9:08 長門市発
乗り換えは橋を渡ったホームなのに3分しかなくて
スーツケースが重いのに、大変だった。

9:45 東萩着。
この天気なので松下村塾だけは見に行こうと東萩駅まで来た。
荷物をコインロッカーに入れてと思ったら・・・

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が~~ん!
観光案内所の方に泣きついて、スーツケースを預かってもらうことができた。
さらに1回100円の市内路線バスがあると教えてもらって
バスで松陰神社まで行った。

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松下村塾、吉田松陰の実家を見学し
松陰神社にお参り。
伊藤博文の実家を見学して
吉田松陰のお墓参りも、と途中まで歩いたが
上り坂の斜度がさらに急になったところで断念して引き返した。

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11:50 東萩駅に行く途中の定食屋さんで昼食(とんかつ定食880円)。

13:24 東萩発
14:00 長門市着
駅の売店の方にコンビニの場所を教えてもらって
傘がおちょこになりそうな風雨の中
往復20分の距離を歩いて、食料を仕入れた。

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JRの係の方がゴミ箱の中に何も入っていないことを確認していた。

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こんな張り紙も。今日の間に現地入りして正解だ。

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15:23 長門市発 美祢線
15:30 長門湯本着

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駅前にもきっちり警備担当者。

雨で地図を確認するのも億劫に感じられて
酒屋さんでホテルの場所を尋ねた。
上品そうな年配の奥さんが出てきて親切に説明してくれて、恐縮^^;

15:45 ホテルにチェックイン
フロントに部屋割り表が置いてあったのでチラ見。
私と同じ6階はどうやらNHKのスタッフが大勢泊まるようだ。

16:00 大谷山荘まで偵察に出掛ける。

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そこら中に警備関係の車両が駐まっているし
白いカッパ姿の警察官がいっぱいいる。
思わず「ご苦労様です」と声を掛けてしまう野次馬おばさん^^

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報道機関の撮影場所取り

報道の方にちょっと尋ねてみた。
「報道の皆さんはスケジュールとかご存じなんですか?」
「まあ、大体は。」
「到着が朝か、昼か、夕方かとか、教えてもらえませんか?」
「・・・まあ、昼・・頃かな、午後というか・・・」
「ありがとうございます!」
一旦その場を離れてから引き返して、さらに情報収集を試みる。
「ちなみに、どっちから来るかは分かってます?」
「あ~、それは全然分からないです。」

これは隠しているのではなく、本当にまだ情報が出ていないようだ。
というのも、カメラの場所があっちこっちに散らばっているのだ。
人数を揃えられる機関は複数の場所に配置して撮り漏らしがないようにするのだろうか。
野次馬おばさんにうろつかれるのは
警備陣も報道陣も迷惑だろうなあ~~

でも常識の範囲内で、遠慮なんかしないもんね♪

1時間ほどで部屋に戻り、一休みしてから入浴。
大浴場貸し切り状態で、肌触りの良い温泉を堪能した。

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晩ご飯はコンビニで仕入れた炭火焼き牛カルビ弁当と生野菜。
生野菜には家から持ってきた塩昆布をドレッシング代わりに掛けた。

私が考える「プーチン氏の目指す日露関係」

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2014年10月2日の記事(プーチンとソ連崩壊後のロシアのこと)で、

「1990年代の10年間、
ロシアでは経済の10数パーセントのマイナス成長、
途上国にしかない疫病が流行し、
厳寒の冬に餓死者が出るなど、社会と経済は大混乱を来した。
そこにアメリカのジェフリー・サックスを初めとする西欧新自由主義のエコノミスト達が
経済顧問として乗り込み、経済構造改革を押しつけた。
それらが全て失敗して1998年にはロシア経済はデフォルトに至った。」

と書いた。

西側諸国(メディア)からは強権的だ、独裁者だと非難されるプーチン氏が
ロシア国民から高い支持を得続けている理由は
メディアやTV解説者が言うような
単に「ロシア人は強い指導者が好きだから」ということではない。
僅か20年前、ロシア国民は疫病、餓死、デフォルトという地獄を見ていて
そこから国を立て直し救ったのが、プーチン氏だからだ。

もしプーチン氏が登場せず、あのままの流れが続いたとしたら
ロシアの富(資源)も政治も、外資と手を結んだ一部のオリガルヒに独占され
外国人と一部特権階級に支配された、植民地のような国にされていた可能性がある。

20年前といえば大半の国民にとって、まだ生々しい記憶だ。
若者も子供達も親から直接話を聞かされているだろう。
「二度とあんな目に遭うのはご免だ」とすれば
プーチン氏への支持率が下がるはずがない。

プーチン氏もまた
「ロシア国民を二度とあんな目に遭わせてはいけない。」
と強く思っているだろう。
自分が政権を去った後も
ロシアがロシアの国柄(伝統と文化)を基に安定した社会を維持し
ロシア国民が豊かになり幸福であり続けられるようにすること。
それがプーチン氏の基本目標だと、私は見ている。

その観点に立てば、プーチン氏が
「北方領土を餌に日本から金(経済・技術協力)を引き出すこと」
だけを目指しているとは思えない。
それではせいぜい数年で行き詰まることが目に見えているからだ。

プーチン氏は日本について良く研究している。
明治維新、日露戦争、大東亜戦争、焼け野原からの復興。
日本が日露戦争での借金(戦費)を1986年に完済したことは知られている。
こうした歴史的事実からも、日本ほど信頼できる国はないと
プーチン氏は分かっている。
少なくとも20年以上の長期的スパンで日露の友好関係を維持・発展させること。
それがプーチン氏の目標ではないだろうか。

同様に、安倍総理も自分が政権を去った後のことまでを考えていると思う。
真の意味で大東亜戦争の戦後を終わらせ
日本の国柄を取り戻し、和の精神で世界に貢献する。
そのためには国境を接するロシアと
少なくとも20年以上の長期的スパンで友好関係を維持・発展させる。

安倍総理とプーチン大統領の目指すところは一致している。
だからこそ二人はウマが合う。
もしも二人だけで全てを決められるなら、北方領土問題も速やかに解決するだろう。

幸か不幸か、日本もロシアも独裁国家ではなく
近視眼的な損得勘定に走りがちな官僚を排除することはできない。
メディアの誤情報や煽りもある。
時間を掛けて両国の国民の理解を得ながら
しかし二人がリーダーである間に、必ずこの問題は解決しなくてはならない。
それが両国の国益ばかりか世界の安定にも資するからだ。

いよいよ五日後に迫った日露首脳会談。

おそらく歴史が動く現場の空気を吸って
全力で野次馬をやってくる♪