遂にクルド人の国家樹立か?

クルド人は、トルコ、イラク、イランとシリアの国境地帯にまたがって住む中東の先住民族で、
人口は約3000万人。
現在、世界最大の「独立した祖国を持たない民族」である。

クルド人の住む地域はクルディスタンと呼ばれ
オスマン帝国の時代にはその一地域であったのが
オスマン帝国の滅亡に伴い、上記の4つの国に分断された。
クルド人はそれぞれの国で
「少数民族」として同化政策や弾圧の対象とされてきた。

アララト共和国(1927~1931年)やクルディスタン人民共和国(1945~1946年)として
独立したこともあったが
短期間でトルコやイランに占領され崩壊した。

現在でも4つの国それぞれでクルド人の独立や自治を求める戦いが続いているが
自国内のクルド人を弾圧する一方で隣国のクルド人を支援するというような
「分断政策」で対立を煽ることを各国政府がしてきたため、
国境を越えてクルド人が協力することが難しく、独立が果たせていない。


1月12日の産経新聞に掲載された山内昌之氏の解説によると、
シリアとイラクの政情不安に乗じた自称イスラム国の勢力拡大が
結果としてクルディスタンの独立を促すことになっているという。
自称イスラム国の敵は、今やアサド政権でもバグダッドのイラク政府でもなく
クルド人だというのだ。
19世紀から分断されてきたクルド人が遂に独立を果たす瞬間、
歴史が大きく動く瞬間を
今私達は目の当たりにしているのかもしれない。

以下に山内氏の解説全文を転載するが、特に興味深いと思った部分を赤字にしてある。

【歴史の交差点】明治大特任教授・山内昌之 イスラム国とクルド独立
 中東ではイスラム国(IS)の台頭に隠れ目立たないが、大きな変動が着実に進んでいる。それは、国をもたないクルド人が、北イラクを中心に独立国家への道を歩んでいることだ。

 ISは、2014年8月にイラクのクルド地域政府(KRG)への本格的な攻撃を始めたが、それはトルコ、イラン、シリア、イラクに分散しているクルド人に国民形成と国家建設を促す大きなきっかけとなった。しかも、KRGを北イラク地方の自治政権から、米欧にとって国際政治に死活的な存在に転換せしめる触媒にもなったのだ。

 KRGとISは、イラクとシリアにまたがる地域を迅速に占領することで、国際的に承認された既存の国境線をぼやけさせ、イラクとシリアの分裂が残した政治的真空を満たそうとしている。双方ともに、自治の強化や独立国家の既成事実化を図るために、1千キロにわたり直接に「国境」を接する互いの存在を強く意識するようになった。かれらは、相手を映し出す鏡におのれの姿を見ているのだ。

 そもそもISがKRGと衝突したのは、昨年6月にISがイラクのティクリットとモスルを占領した同じ月、KRGがISの狙う石油地帯キルクークを占領したからである。イラクのクルド人支配地域が40%ほど拡大するに及び、ISにとってクルドとの対決こそ主要軸となり、バグダッド政府やアサド政権はゲームの脇役に追いやられた

 ISは、6月に指導者バグダディをカリフ(預言者ムハンマドの代理人)とするイスラム国家の建設を宣言した。こうしてシリアとイラクとの国境が無視されると、領土的に新たな「無人地帯」が現れた。それは、クルド人とISが影響力を競い合う地域と言い換えてもよい。

 国境線の希薄化はクルドにも利点がある。12年夏にシリアのクルド人地域(ロジャヴァ)は事実上の自治を獲得し、KRGとの協力と新たな共通国境を模索した。ISによるKRGとロジャヴァへの攻撃は、対立していたシリアとイラクのクルド人に共通の敵と対決する必要性を痛感させるに至った。

 この機運は、4国にまたがるクルディスタンの全体に広がった。
イラン・クルディスタン民主党の部隊は、KRG国防省の指揮下にあるアルビルの南西地域に派遣され、トルコのクルディスタン労働者党とそのロジャヴァの直系組織たる人民保護軍は女性も含めてシリアとイラクでISと戦っている。

 いちばん劇的な変化は、長くイラクの一体性を主張してきた米国で起きた。オバマ大統領はISに対抗するクルド支援の必要性に寄せて、イラクと別にクルドの名を明示的に挙げるようになった。米国をはじめとする有志連合による空爆は、不活発なイラク国防軍のためでなく、戦場のクルド部隊のためなのである。有志連合はKRGに依拠する以外に対IS地上戦略の足がかりがないのが現状なのだ。

 クルド民族は、かれらの歴史と伝統において異次元の世界に入ったといえよう。その独立国家宣言は時間の問題のように思える。

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