筆坂氏はいつ目覚めたのか?

今日の産経新聞に筆坂秀世氏の書評が掲載されていた。

【この本と出会った】
政治評論家・筆坂秀世 『おじいちゃん戦争のことを教えて 孫娘からの質問状』 欠落した近現代史を語る
 中條高徳(なかじょう・たかのり)氏と出会ったのは3年前の酒席だった。この初対面の目的は、実は私に対する「面接試験」であった。当時、中條氏は保守系シンクタンクである日本戦略研究フォーラムの会長だった。そこの常務理事が兵庫県立伊丹高校で私と同級生だった長野俊郎君でその彼が、同フォーラムに私を参加させたいために中條氏の判断を仰ぐという仕掛けを施したのだ。
 私の共産党入党の動機など色々なことを話したが、一番うれしかったのは、「君が共産党に入党したのも、私が陸軍士官学校に入ったのも、思いは同じだ」と言われたことだった。最近では、旧日本軍人への悪口雑言が平気で語られるが、陸士や海軍兵学校に入学した若者たちは、本書でも述べられているように、「国のために尽くしたい」という一心で軍人の道を選択したのだった。
 私も「この世に生を受けた以上生きた証しが欲しい。それは社会進歩に身を捧(ささ)げることだ」という思いから共産党に入党した。「資本主義から社会主義・共産主義への発展は歴史的必然」というマルクス主義を人類解放の理論として信じていたのだ。現実の社会主義は一党独裁による人民抑圧の体制でしかなく、まさに理想とは逆であったのだが。しかし、国のために社会のために貢献したいという思いは、決して偽りはなかった
 「面接試験」の次には、「宿題」が与えられた。それが本書を読んでの感想文提出だった。2日ほどで一気に読んだ。この中でもっとも私の心をとらえたのが、次の一文だった。「学校の歴史教育は江戸時代まで教えるのがせいぜいで…近現代史はほとんど触れられていない」「近現代史を欠いた歴史は歴史とはいえない…太く力強い近現代史を持たない国は歴史を、つまりは固有の文化や伝統を持たない国であり、そういう国は根無し草でしかない」
 実は、共産党を離党して以降、私にもっとも欠落していることは近現代史への理解だと痛感していた。近現代史を共産党という極端な視野狭窄(きょうさく)の眼でしか見てこなかったからだ。この歴史観からは明治維新も、殖産興業も、富国強兵も、すべてが間違っていたことになる。戦前は暗黒社会という一言で片づけられてしまうのである。
 だが明治維新も、殖産興業や富国強兵もなければ、日本は欧米列強・帝国主義国の絶好の餌食となっていたことだろう。本書は、学校教育では欠落している近現代史を孫娘に語るという方法でその欠落部分を埋めたものである。国家主権も、国民主権もない占領下で作られた現憲法、勝者による一方的断罪でしかなかった東京裁判、戦争の悲惨さなど、学ぶべき視点と歴史の事実が満載である。
 中條氏は、残念なことに昨年末、この世を去られた。私が感想文を送った後に会ったとき、「君は幸せだよ。一回の人生で二回生きることができるのだから」と言われた。「一身二生(いっしんにしょう)」の人生である。残された人生、悔いなく生きたいと本書の前で誓う。(中條高徳著 小学館文庫・571円+税)                  
◇【プロフィル】筆坂秀世
 ふでさか・ひでよ 昭和23年、兵庫県生まれ。県立伊丹高校卒。共産党で政策委員長などを歴任し、参院議員を2期務めた(平成17年に離党)。著書に『日本共産党と中韓』など。
◇『おじいちゃん戦争のことを教えて』はアサヒビール名誉顧問だった中條高徳氏が、米国の高校で歴史を学ぶ孫娘からの質問に答え、自らの陸軍士官学校での体験や戦争観をつづった長文の手紙を書籍化した。
ーーーーーここまで引用ーー

筆坂氏が、かつて不破哲三氏の下で日本共産党ナンバー4の地位にあったことは知っている。
それから離党して、最近はテレビ出演でまともなことを言う人だと思っていた。
この文章を読んで、筆坂氏が離党したのが平成17年、50代後半のことだと分かった。
私が目覚めた年齢とほとんど一緒だ。
「目覚めて、共産党をやめたのだろう」と、最初は思った。

しかし気になって調べてみると
平成15年に参議院議員在職中の不祥事(セクハラ問題)で失脚していて(一説では粛正された)
離党するまでの2年間は無役で党の仕事をしていた。
そうすると、目覚めて離党したという単純な話では無いのかもしれない。

失脚 → 目覚めた → 離党
失脚 → 復権の見通しなく離党 → 目覚めた

のどちらかなのだろうが、私は二番目のような気がする。

上記の文章にも
「共産党を離党して以降、私にもっとも欠落していることは近現代史への理解だと痛感していた。近現代史を共産党という極端な視野狭窄(きょうさく)の眼でしか見てこなかったからだ。」
とあり、離党してから様々なことに気付いた風だ。

いずれにしても、もし平成15年に失脚していなければ
筆坂氏は今でもバリバリの日本共産党幹部で論客で
反日日本人の先頭に立っていた可能性が高い。

そう考えると、筆坂氏本人にとっても日本国民にとっても
平成15年の「不祥事」は幸運な出来事だった。

私は、「あちら側」から、目覚めて「こちら側」に来た者として
一人でも多くの人に一日でも早く目覚めて欲しい
と願っているし、そのために出来る範囲のことをしている。
もし筆坂氏が同じような気持ちでいるなら,とても嬉しい。

そして、是非中條高徳著のこの本を読もうと思っている。

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