やっと ようやく 待ちに待った 再稼働

8月11日10時30分
九州電力川内原子力発電所一号機が運転を再開した。

日本国内の全ての原発が停止してから1年11ヶ月。

ようやくだ。
長かった、本当に長かった。
こんなに長く掛かるとは思ってもいなかった。

本ブログでは
2012年4月13日の記事「一日100億円」で
「すべての原発を止めて火力で代替する場合、余分に必要な燃料代はざっくりと計算して一日100億円であり
一日100億円の損失は、どんどん日本を弱体化させるのではと心配だ。
通常の手続きに沿って、速やかに原発を再稼働させるべきだ。」
と主張した。

2012年11月28日の記事「原子力発電についてどう考えるか?」では
「再稼働反対という主張は「脱原発」というよりも「反原発」「原発全否定」であろう。」
と指摘した。

その後、再稼働反対は極左過激派集団にとっても「飯の種」となってしまい
福島に中核派の拠点ができたりしている。

また原発反対と沖縄普天間基地の辺野古移設反対と特定秘密保護法反対と安全保障関連法案反対と
いずれも同じ人達が主張し活動していることが明らかになった。
サウンドデモといって鐘・太鼓をカンカンドンドン鳴らすデモは
スローガンが変わっても音のリズムがソックリで
立ち並ぶ幟や旗も同じで、
「ああ、なるほど、そういうことなのね~」である。

さて、今一度私達は事実を冷静に見る必要があると思う。
福島第一の事故とは、本当はどのようなものだったのか?

チェルノブイリ事故と同じレベル7とされているが
チェルノブイリでは原子炉そのものが壊れて核燃料が飛び散り放射性物質が漏出。
放射線障害での死傷者が多数発生した(短期的な死者は少なくとも数百人)のに対して
福島第一では壊れたのは建て屋であって、原子炉ではなく
環境中に放出されたのは塵に付着したセシウムとヨウ素。
チェルノブイリと比べれば遙かに少量だったし
放射線障害では死者も怪我人も治療を受けた人さえ一人もいなかったのだ。
むしろ事故の状況を適切に判断できずに
しなくても良い避難をさせられたための「災害関連死」を生じさせてしまった。

川内原発再稼働のニュースの中で
「母親は91歳で歩いてトイレにも行けない。事故が起きたって避難させられないじゃないか!」
と語気荒く話す男性がいた。
また老人福祉施設の所長さんも避難への不安を語っていた。

そもそも事故対応の中に
「避難しないで室内に籠もる」という選択肢が無いのはおかしくないか?
原発事故というと、あの福島第一を経験しているのにもかかわらず
まるで原子爆弾が落ちたような情景を思い浮かべているように見える。
仮に放射性物質がまき散らされても室内に入り込まないような設備と
1ヶ月分の食料、薬と電気ガス水道が確保されるなら
慌てて避難するよりも絶対に安全だと思うのだが。

青山繁晴氏によると
福島の原発はアメリカ製の古い型の欠陥炉であり
アメリカでは裁判の結果、地震の多い西海岸には設置できなくなって
余ったのを日本が売りつけられたものだ。
しかも建設工事までアメリカ企業に丸投げしたため
自然災害はハリケーンを想定して電源や配電盤を地下に置いた。
それで津波にやられたというのだ。

それであれば日本製の原子炉を日本企業が建設した原発では
あのような事故が起こる可能性は極めて低い。

ゼロリスクつまり100%の安全があり得ないことは
全ての生き物にとっての大前提。

事実をよく知って正しく理解して、きちんと冷静に判断したいと思う。

全国の原発が再稼働を果たすまでにはまだ時間が掛かるだろうが
一つの山を越えたことは大変喜ばしい(安堵)。

コメント

非公開コメント