フィデル・カストロ氏 逝去

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11月26日(現地時間11月25日)
キューバ革命の指導者にして長くキューバを率いた
フィデル・カストロ氏が亡くなられた。
90歳だった。
心から哀悼の意を表します。

キューバのフィデル・カストロ氏死去 「革命」の英雄…国民に動揺も

2000年から2003年までキューバ大使を務めた馬淵睦夫氏は
フィデル・カストロ氏を次の様に評している。
・彼は社会主義者というよりも人道主義者、ヒューマニスト。
・彼の目指すキューバは「人間の限りない欲望を抑制した平等な社会」
・彼の哲学は「ものが溢れる大衆消費社会ではなくて、文化の豊かさが本当に人間を豊かにする。
そのためには教育が重要である」ということ。

馬淵氏によれば、キューバの人達は
「ものが少ないことは不便だけれども、決して不幸ではない」と語り
三年間キューバに暮らして、それが強がりでも何でも無いことが分かったという。

カストロ政権ではカストロ議長はもちろん閣僚達も
寝食を忘れてキューバの国作りのために一丸となって邁進した。
例えば大使公邸でのディナーのあと閣僚達は官邸に戻り、
夜の10時を過ぎてから夜明けまで、
カストロ議長と共に仕事をすることが日常的にされていたという。
社会主義独裁国家では当たり前の「政権の腐敗」も
キューバではほとんど見られなかったそうだ。

フィデル・カストロ氏は大の日本ファンで
2003年には念願を叶えて非公式に広島を訪問され
原爆被害者への追悼をされた。
さらに昭和天皇陛下のご崩御に際して
キューバは国を挙げて喪に服してくれたが
これはキューバの親日的な国民感情の表れといえる。

フィデル・カストロ氏は「革命の闘士」と言われるが
彼にとって革命は目的ではなく手段だった。
彼の目的は「キューバを人間の限りない欲望を抑制した平等な社会にすること」であり
その目的はかなりの部分で達成されていると思う。

彼の目指した社会の対極にあるのが
「米国的価値観」「弱肉強食上等」な社会だ。
なぜ米国が60年間もキューバを敵視し経済制裁を加え続けたのか。
その答えがここにあると思う。

11月27日産経新聞の朝刊に載った「評伝」は酷い代物だった。
・反米主義にのめり込むあまり、カストロはモスクワの対米戦略に祖国を差し出した。
・「赤い植民地」の総督
・大量のキューバ難民という「棄民」を生んだ国内運営の行き詰まり
・カストロの負の遺産はあまりにも重い。
(元ワシントン支局長 山本秀也)

自分達と正反対の価値観によって統治された国に向ける米国の憎悪を
そのまま垂れ流しているような、お粗末な記事である。

大量のキューバ難民とは、初期は米国傀儡のバティスタ政権の元で利権にありついていた人達。
その後は社会主義体制を嫌ってキューバを脱出し米国に亡命した人達だ。
カストロ政権が彼らを棄てたというよりは、彼らが国を捨てたのではないのか。
「よりよい暮らしを求めて元の宗主国を目指す難民」という図式は現在の世界とも共通する。

記事を書いた山本秀也氏は
今のキューバ社会やキューバ国民に直接取材していない印象を受ける。
産経新聞ではロシア報道と並ぶ一方的な偏見記事の一つだと思う。

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