そうか、だから日本は世界で尊敬されているのか!

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昨日の記事で紹介した、馬淵睦夫氏のカストロ評は
こちらの著書から引用した。

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そうか、だから日本は世界で尊敬されているのか!
馬淵睦夫著 ワック文庫 2015年

第1章 なぜ、日本は世界で尊敬されているのか
第2章 世界を救うのは「利他の心」
第3章 困難を乗り越える日本人の知恵
第4章 終戦70周年に向けた国民精神の武装
終章  ウクライナ情勢は「腹黒い世界」の縮図だ

馬淵睦夫氏は元外務官僚で、
キューバやウクライナの大使を務めた後、防衛大学校で教鞭をとった。
外務省出身者とは思えないしっかりした国家観をお持ちで
世界情勢の分析と洞察力は素晴らしい。
私が最も尊敬する言論人のお一人である。
終章のウクライナ情勢の裏側など、
日本のマスメディアからは決して出てこない話で
非常に面白かった。

本書では馬淵氏が世界を回る中で経験したことを元に
日本が世界の国々や人々からどのように見られているかを
様々なエピソードと共に紹介している。
私たちの先人が誠実に努力を重ね我が国を守ってきてくれたことが分かって
胸が熱くなると同時に背筋が伸びる。

この本のまえがきで馬淵氏は次のように述べている。
 「サンフランシスコ条約締結当時の私達は、日本人としての矜持にに満ちていました。いわゆる戦犯として収監されていた方々の釈放を求めて、全国的な運動が起こりました。国会では、戦犯として処刑された方々を公務死として、遺族年金受給に道を開く決議を採択しました。
 このように、日本は一丸となって自衛戦争を戦ったのだという矜持を、当時の国民は共有していたのです。軍事的には敗北しましたが、精神的には決して敗北しなかったのです。この信念が、戦後の荒廃から奇跡の復興を成し遂げたエネルギーでした。
 さて、日本人のこの矜持はその後、どうなったのでしょうか。靖國神社参拝を巡る政治的混乱が、日本人の矜持の崩壊と思想の混乱を何よりも如実に物語っている気がします。私的参拝と言った総理、中国の指導者の立場を慮って参拝を取りやめた総理、公言しながら中国の圧力に屈して八月十三日に繰り上げ参拝した総理、在任中一度も参拝しなかった総理等々、失礼ながら日本の総理大臣の主権意識の欠如に暗澹たる気持ちにならざるを得ません。」
「本書では、私たちの高貴な精神の実例を挙げました。そして、この精神こそ二十一世紀の世界の福音となることを訴えたかったのです。本書は、そのような希望を込めた祈りです。豊かさのなかで、私たちが失いかけている高貴な精神を再発見するためのささやかな誘いです。」

馬淵氏のキーワードは「精神の再武装」である。
そのために精力的に著書を出版されている。
DHCシアターでもこれまでに
「外交虎の穴」「世界を知れば日本が分かる」といった解説番組が作成され
現在は「和の国の明日を作る」という番組が放映中である。

いずれもネット上に動画があるので、
一度ご覧頂けると嬉しい^^

土井ちゃんの著書とロシアのドーピング問題

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敗北のない競技 僕の見たサイクルロードレース 土井雪広著 東京書籍 2014年 

土井ちゃんこと土井雪広選手は、自転車プロロードレース選手である。
ヨーロッパのトップカテゴリのレースを走り
日本人として初めてブエルタ・ア・エスパーニャに出場・完走した。

8年間ヨーロッパで闘い、その経験を綴った本書を読んだのは一年前。
土井ちゃんが自転車選手になった経緯や様々な選手との交流、
トレーニングの実際など、とても面白い本だ。

しかし同時に大変ショッキングなことが書かれている。
ドーピングのことだ。

ウィキによると
ドーピング(英: doping)は、スポーツなどの競技で運動能力を向上させるために、薬物を使用したり物理的方法を採ること、及びそれらを隠ぺいしたりする行為。オリンピック、競馬など多くの競技で禁止され、違反行為となる。

私は運動能力に影響を与える薬は全て使用禁止だと思っていた。
ところが実際には「禁止薬物のリスト」があり、そこに載っている薬だけが使ってはいけないのだ。
禁止リストの他に「監視プログラム」と言われる物があって、こちらは検出されてもお咎めはないが
状況によっては禁止リストに移されることもある。
さらに効果がありながらも監視プログラムにさえ載っていない薬も多々ある。

本書87ページより
ーーーーー
ある時、チームドクターが僕にA、Bという二つの薬を渡してこう言った。
どちらも合法だから心配はいらない。Aは痛み止めだ。ゴールの1時間前になったら、Bと一緒に飲め。
痛み止め、という彼の説明には違和感を覚えた。何か別のものなんじゃないか?けれど結局、僕は言われた通りにした。
”痛み止め”は強烈に効いた。
薬を飲むのがはじめてだったせいかもしれない。乳酸でパンパンになった脚からは痛みが消え、興奮状態になった気がした。僕は、一番苦しいはずの最後の1時間を飛ぶように走り、上位でゴールした。自分の体に何が起こったのか、理解できなかった。
後でわかったことだけれど、AとBは当時WADAの監視プログラム下にあった薬だった。つまり「ドーピングには相当しない」。しかしアスリートによる乱用が認められたAは後に、一定以上の量は使用が禁じられるようになった。今はもう使われていないはずだ。Bは今も監視プログラムの下にある。
(中略)
Cという薬もあった。これも後に監視プログラムに入った。
Cは末期ガンの患者にも使われる、めちゃくちゃに強い鎮痛剤だ。量によってはモルヒネ並みの効果がある。レースの終盤、苦しい局面では、脚がものすごく痛くなる。でもCはその痛みを吹き飛ばす。だから、そこからさらにペダルを踏んでいくことができる。
痛みは、体が発するサインだ。それを打ち消してさらに無理をするということは、体にとって害があるに決まってる。
Cにはたくさんの副作用があり、中には命に関わるものもある。ドクターには1日2錠が上限だと言われていた。
でも、こういう薬を飲んでいる選手と飲んでいない選手とでは、他の条件が同じならば勝負にならない。合法の薬でもそのくらいの効果はあった。だから、ほとんどのプロは使っていた。たとえば、2011年のツールである選手がラルプ・デュエズを上るステージを獲ったけれど、その時の彼はCを3錠飲んでいたという。レース後、彼は副作用に相当苦しんだらしい。
ーーーーー

レース終盤になると選手達はテレビカメラに映らないように薬を飲む。
だから普通にテレビ観戦をしている限りファンには分からないことだが
合法な薬を飲むのはプロの選手なら当たり前のことだという。

土井ちゃんの本を読んでようやくドーピング問題の本質が分かった気がした。

禁止リストや監視プログラムを決めるのはWADAだ。
禁止リストに載らなければ合法であり、合法ということは製薬会社にすれば売れるということ。
「少しでも運動能力に影響が認められる薬は禁止」では無い以上
その決定権を持つ組織は大きな権力を握ることになる。

対象は製薬会社に限らない。
特定の国やチームでよく使われている物質を
監視プログラムから禁止リストに移すとかその逆とか
タイミングを含めて、あれこれとやろうと思えばやれる。

3月にテニスのシャラポワ選手のドーピング問題が起きたが
あれこそずっと使ってきた薬が
監視プログラムから禁止リストに移されたことによるものだった。

繰り返しになるが監視プログラムの薬を使うことは「合法」である。
運動能力の向上のために薬物を使用すること自体は
その薬物が禁止リストに載っていないなら「合法」なのである。
それが現在の世界のルールになっている。

私を含めてほとんどの日本人は、この実態を知らない。

ロシア陸連が組織的にドーピング違反をしていたとして
リオ・オリンピックへの出場が危ぶまれている。
おそらくWADAの言っていることは本当だろう。

では、ロシアだけか?
他にも怪しい国は少なくないのではと思う。
WADAが調べないから表に出ないだけ。
どこを調べるかはWADAの勝手だという点で
プーチン大統領が「政治的」と批判するのは至極尤もだ。

人は自分の価値観を基準にして物事を判断しがちだ。
ドーピング問題の実態や世界のルールをよく知らないままに
「ロシアは怪しからん」とか「選手が可哀想」とか
言っても始まらないように思う。

ドーピング禁止の理由は
・スポーツの価値を損うため
・フェアプレイの精神に反するため
・健康を害するため
・反社会的行為であるため、社会や青少年に悪影響を及ぼすため
だという。

であれば
「運動能力に影響を与える薬は全て使用禁止」
を目標とすべきだが、
WADAがそこを目指しているようには思えない。
実際に禁止リストに入らない薬が数多く存在しているのだから。

その裏にはやはり「利権」が絡んでいると考えざるを得ない。

アルベルト・フジモリ、テロと闘う

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アルベルト・フジモリ、テロと闘う アルベルト・フジモリ著 岸田秀訳 中央公論新社 2002年

アルベルト・フジモリ氏(以下フジモリ氏と表記)は
南米ペルーの第91代大統領(在職:1990年7月28日 - 2000年11月17日)である。
日系二世として1938年にペルーに生まれ、農業工学や数学を修めて研究者の道を進んだ。
1989年当時、国立農業大学の学長だったフジモリ氏(51歳)は
経済の低迷と治安の悪化によりテロが横行し、破綻国家へと転落しつつあるペルーで
大きな決断をした。

ーーーーーー
ある朝、朝食中に、私は母に大統領選に立候補する決意を告げた。母は私の湯呑みにお茶を入れながら、平静を装って、彼女独特のスペイン語と日本語のチャンポンの言葉で、政治の世界に身を委ねるとどういうことが降りかかってくるか、考えたことがあるのかと尋ねた。
 そして「ペルーは滅茶苦茶になっとるんだよ。酷いね。まったく酷い」と、付け加えた。
 「そのリスクは誰かが負わなけりゃいけないんだよ」と、私は母の気持ちを落ち着かせるようなトーンで言った。
 「危ないよ。テロリストに殺されるよ」と、母は言い張った。
 彼女はペルーの全ての国民と同じように、悪夢を見ているかのような1989年のこの国を、テロ事件の地獄絵図を、テレビが毎日のように流す政府関係者の殺人事件を見せつけられて極度の衝撃を受けていたのである。「誰かがリスクを負わなけりゃいけないんだよ」と、私は繰り返した。
 「ケンヤ。だけど、なぜ、お前が・・・・・」と、彼女は母として当然のことを尋ねた。
 何らかの公職に立候補したり、政府関係の仕事をしたりするということは遊び事ではない。誰もが責任を回避することは、取りも直さずこの国を「あいつら」に譲り渡すことになる。そうなれば残された道は次の二つしかない。すなわち、手を拱いてペルーがポルポト主義の国になるのを見過ごし、あげくの果てにこめかみに銃弾を撃ち込まれるか、あるいは、多くの人がやるように、荷物を纏めて家族とともにアメリカか日本に逃げ出すしかない。そうならないために選ばなければならない道は、私の両親を受け入れてくれた国、そして私が一人のペルー人として生まれ育ったこの国にとどまって「あいつら」と闘うという道しかない。今、ペルーでは、私の息子たち娘たちも暮らしているのである。(本書105ページより)
ーーーーーー

インカ帝国が栄えていた16世紀にスペイン人によって征服・植民地化されたペルーでは
共和国として独立した1824年以降も、人口の約10%の白人が支配階級として国の実権を握っていた。
先住民であるインディヘナは人口の約40%を占めているのに最下層の階級に置かれ
国民としての権利も国家からの恩恵も全くといってよいほど受けられないままだった。
インディヘナとスペイン人の混血であるメスティーソ(約40%)が
白人とインディヘナの間の階級に位置付けられていた。
1980年に軍政から民政へと代わった頃から農村部で
センデロ・ルミノソとMRTAという共産主義革命を掲げる二つのテロ組織が勢力を拡大し続け
1989年には国土の半分近くが彼らの支配下となっていた。
民政における二人の大統領も国会もテロ組織の拡大に有効な手を打てずに10年が過ぎてしまったのだ。

フジモリ氏は最悪の状況にあったペルーを立て直すべく政治の世界に入り
「ペルーを救う」ことを最優先に働いた。
その過程で「国会を閉鎖し、国家非常事態宣言と戒厳令を敷く」という力業をも使った。
テロ対策、経済対策を進めるために必要な法律を速やかに作り体制を整え軍を動かす。
そのために「民主的な手続きを踏んでいる」猶予はなかった。
平和で民主的な環境に身を置く者から見れば眉をひそめるような手法を用いたかもしれない。
しかし優先すべきは何か。
ポルポト的テロ組織を制圧し一人でも多くの国民の命と暮らしを守ることだ。
フジモリ氏の方針が正しかったことはその後のペルーの状況が証明している。

本書はフジモリ氏が自身のテロとの闘いを記録したものである。

さて、フジモリ氏は現在、ペルーの刑務所に収監されている。
部下の犯した罪を「フジモリ氏の命令」と見なしたり汚職があったことなどが罪状である。

フジモリ氏はペルーにおいてそれまで白人支配階級が握っていた政権を
初めて手にした「非白人」である。
また「国家の最大の責務は国民を守ること」という大原則に基づいて
それまでは国家から見捨てられ国民扱いされていなかったインディヘナ(先住民)のために
テロリストから守りインフラを整備し小学校を建設した。
その結果インディヘナの人達が国家意識に目覚めてペルーの国力が上がる。

これを好ましく思わない勢力がある。
ペルー国内では言うまでもなく白人支配階級。
そして国外では国際金融資本家達だ。
彼らは自分達の既得権益を守るために、これ以上フジモリ氏に活躍されては困るのだ。
従ってフジモリ氏の実績を過小評価し独裁的だったと非難する。

ペルーの次期大統領選挙にフジモリ氏の長女、ケイコ・フジモリ氏が立候補した。
当初の優勢が次第に劣勢にと変わりつつある。
世界各国の「民主化」に資金をがっぽり提供する組織が
反フジモリ側を全力で支援しているのだろうと想像される。

1989年のペルーがどのような状況であったかは本書にも詳しく書かれている。
フジモリ氏が勇気と信念と高い能力を以て、ペルーを救ったと私は思う。
荷物を纏めて国外に逃げることをせず、
ペルーのために闘ったフジモリ氏は
まさしく武士である。

驕れる白人と闘うための日本近代史

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驕れる白人と闘うための日本近代史 松原久子著 田中敏訳 文春文庫

この本を知ったのは川口マーン恵美氏の著書でだった。
「奴隷(slave)の語源はスラブ人(Slav)で、中世に多くのスラブ人が奴隷にされたことからだ」
と紹介されていて、衝撃と興味を持った。

私を含めて日本人には白人コンプレックスが根強い。
大東亜戦争で敗北したこと、
それ以前に明治維新では西洋に追いつけ追い越せと富国強兵に励んだことなど
西洋は昔からずっと、
私達よりも進んだ高度な文明国で有り続けたのだと思い込んでいた。

しかし、中世までのヨーロッパは寒くて貧しい地域だった。
いわれてみれば、温暖で食べ物に困らない地域が豊かであり
その豊かさが文明を育むのは当たり前のこと。
しかし歴史を知らなければ
現在の力関係がずっと前から続いている絶対的なものだと思ってしまう。

私達が白人に劣等感を抱くのと同じ理由で
白人は有色人種に対する絶対的な優越感を抱いている。。
本書では、そのような劣等感や優越感がばかげていることを
我が国の歴史の中の事実によって指摘してくれる。

江戸時代の日本は、平穏で清潔で格差の小さい豊かな国だった。
平和で豊かであったから、高度な文化が花開いていたし
飛脚や両替商など、明治期の郵便制度や銀行の下地となるシステムが
既に整っていた。
そのような潜在能力があったからこそ、列強による植民地支配を免れ
速やかな近代化を成し遂げることができた。

一方、北の貧しい国々が大航海時代に南方へと進出して何をしたか?
貧しさ故に貪欲になり残虐になり、その背景にはキリスト教があった。

本書で唯一不満な点は
大東亜戦争に対する贖罪意識が垣間見えること。
著者は「南京大虐殺」と記述している。
しかし「南京大虐殺」がチャイナの捏造プロパガンダであると
一般にも知られるようになったのは
ここ10年ほどのこと。
本書が書かれた時点で「南京大虐殺」が事実と思っていたとしても
著者を責めることはできないと思う。

「日本人の誇り」と同様に
ブックオフで仕入れて、数名の方に差し上げた^^

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「反日中韓」を繰るのは、じつは同盟国・アメリカだった!


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馬淵睦夫 著 「反日中韓」を繰るのは、じつは同盟国・アメリカだった!

この10年来、我が国ではグローバル化、グローバル化と
政治家も経済界もメディアもお題目のように言う。
「世界中がその方向に向かっている、日本も乗り遅れてはいけない。」と。

しかし、そもそもグローバル化は自然現象ではないのだから
誰かが何らかの目的を持ってそちらへと誘導していると考えるべきだ。

本書では近現代の世界の動きを、国家の単位ではなく金融の視点から分析している。
実は金を握っている者が国家を動かしているというのだ。
そして金を握っている国際金融資本家達は、国家を基盤とはしていない。
彼らにとっては国境はない方が都合がよい。

本書の分析には、目を覚まされた気がした。
何よりも近現代の世界で起こった様々な事象が、
本書を読んだことで、以前よりもずっとクリアに理解できるようになった。

それにしても、アメリカ中央銀行(FRB)は民間銀行であり
米国政府がドルを発行する度に、その民間銀行に利子や手数料を支払っているとは!
米国では一般国民の納めた税が、FRBという民間銀行に吸い取られている。
しかもほとんどの国民はそのことを知らない。
米国が民主主義のお手本だなんて、何と悪い冗談だろう。

以下は本書の目次である。是非多くの方に読んで欲しい。

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